6.遅いわよ……
「お待ちしておりました。私のような立場の者が、エヴァリア・レトゼイア様や、エドワード第3王子のような高貴な方々をお呼びだてする形になってしまい、大変申し訳ありません」
「
エドワードにエスコートされながら、案内するマシューの背中を追いかける。
王子スマイルは崩していないものの、心ここにあらずといったような感じのエドワードは特に何も言わなかった。
そしてその後ろにはレイリーとユーリック。彼らももちろん何も言わない。
「粗末なところで恐縮ですが、ひとまずこちらへ」
促された先は応接室のようだった。貴族特有の華美な場所でなく、落ち着いてシンプルなソファや調度品に囲まれたそれほど大きくない部屋だった。質素、というのとも違う、豪華さを削ぎ落したその部屋は、私が山田ハナコだった時のことを思い出させる。……ま、私が知っている「シンプルな」部屋からは豪華なわけだけど。
「はるばるこちらまでお越しいただき、大変感謝致します。エヴァリア・レトゼイア様におかれましては、ご快復なされてすぐだということで」
「挨拶は結構ですわ。話を進めてくださる?」
私はマシューの挨拶を遮った。
私が殺されかけてから随分時間が経つ。こうしている間にも、次の被害者や新たな戦争の火種が蒔かれているのかと思うと気が気じゃなかった。
「失礼しました。不躾ですが、早速本題に入らせていただきます」
「そうして頂戴」
「あの男のことでございますが、結論から申し上げますとわからないのです」
「一体どういうことですの? 準備が整ったからわざわざ訪ねてきたんですのよ!?」
なんのためにここまで来たって言うのだろう。わざわざお父さんから外出許可まで取って来たっていうのに。
私が怒りの声を上げると、後ろで控えているレイリーとユーリックが反応するのがわかった。
「ご説明させてください。あの男と連絡を取ろうと、様々な手段を講じたのですが、正直どうなるのかわからないのです」
「それがどういうことかと聞いているんですの。ルクブルグ商会の3代目ともあろう者がそんな説明とは失望しましたわ」
手紙では、マシューは何も言っていなかった。もちろん、さっき会った時だって何も言ってなかった。だから、それはなんとか都合がついたってことだと思ってた。わざわざ家に呼び出したぐらいだし。それが、どうして。
「エヴァリア様はご存じかもしれませんが、あの男は街の影。いくつかあの男とコンタクトをとる方法はあることにはありますが、本人の興味をそそるものでなければ会うことは叶わないのです」
「ではその旨を書き記して、
「本当に申し訳ありません。とても気まぐれといいますか、いい加減な男なのです。本人の興味をそそるものであれば、連絡がなくとも、ましてやエヴァリア・レトゼイア様のことですし、こちらに来られる可能性も考慮して」
「
吐き捨てるように言うと、マシューは黙って静かになった。
レオンが気まぐれな男なのはよくわかってる。それでも、マシューの返事で、すぐに会えるものだと思っていた。
せっかくなんとかなるって思ったのに。
戦争を止める手段を見つけたと思ったのに。
そもそもレオンという不確定要素に、こんなに縋っていたのかと思うと情けなくなった。大貴族のレトゼイアなのに、大切な人達を守りたいだけなのに、なんて無力なんだろう。
「私が知っている方法は全て試してみましたが、そのどこからも連絡がございませんでした。……申し訳ありません」
マシューの言葉が右から左へ通り抜けていった。
怒りと、悔しさと、どうにもできない無力さでやるせない。
椅子にすわっていたのにくらりと揺れる視界。
スッと支えてくれたのは隣に座るエドワード。だけど私とは目を合わせようとしない。それどころか、ぎこちなく支えてくれたその腕は引っ込んで行った。
一体なんなの。
……いや、エドワードに気を取られてる場合じゃない。
「攫われたあの日、
「……あの男は本当に気分屋です。さっきまで熱中していたと思えば、急に興味を失くすというように、移り気な男なのです」
マシューに言ってみたって、どうしようもない。
レオンはもう、エヴァリアに対して興味を失ったっていうの?
考えてみれば、悪訳令嬢であるエヴァリアのことに興味を持つこと自体おかしかったんだ。聖女であり、この世界の主人公である聖女を助ける人なのだから。
それでも。
それでも、私の知る聖女伝説の内容とは違ったものになったから、きっと大丈夫だって思ってたのに。
なんの意味も、なかったのかもしれない。
思い上がり、だったのかもしれない。
「エヴァリア様、大変申し訳ありません。私が全て悪いのですから、そんなに思いつめたお顔をなさらないでください」
マシューがとても申し訳なさそうに、つらそうにそう言った。
「表向きにギルドの窓口とされている場所がありますので、そちらに行ってみましょう。何かあるかもしれませんから」
マシューが私を促すけど、足に力が入らない。
聖女伝説。その物語のお助けパーソンがレオンで、私エヴァリアにも助言めいた言葉をかけてくれたから、きっと大丈夫だって、そう、思っていたのに。
私が、聖女だったら、違ったのか。そんなことを考えて胸が苦しくなる。
と、同時に、私はまだ心のどこかで、物語の登場人物として見ているんだ、と。そう気づいて、罪悪感でいっぱいになった。
「そんな希望を持たせるようなことを言っておいて、できなかったではすまされまい。この責任は重いぞ?」
沈黙を守っていたエドワードの口から出たのは、そんな言葉だった。
「エヴィは、我が婚約者は、一縷の望みをもってここに来た。強い意志とこの国を想う気持ちが、この者の中に宿っている。それを、お前は踏みにじったのに、どうしてそう落ち着いていられる?」
静かに怒っていることがわかる。
エドワードが、エヴァリアのために怒っている。相変わらず目は合わせてくれないけど、味方でいてくれるのは純粋に嬉しかった。
並みの貴族なら恐れおののいてひれ伏すところだけど、そこはルクブルグ商会。凛とした姿勢は崩さず、ハッキリと頭を下げた。
「殿下のおっしゃることはごもっともでございます。大変申し訳ありません。私の力量不足を痛感しているところでございます。ですが、必ずや力になってみせると、エヴァリア様が攫われた時に誓ったのです」
「ふん。誓いは立派だが、実力が伴っていなかったようだ。それが、我が婚約者を苦しめることだと、何故気がつかないのだ? この罪、軽くはないぞ」
え、ちょっと待ってよ。そんな、マシューを罰するほどのことじゃないでしょ。
「エドワード殿下。この者は、
「エヴィ、そなたは優しすぎる。誰に対しても、だ」
そう言ってエドワードは腰に提げていた剣に手をかけた。
「エドワード殿下、おやめください!」
「お取込み中かな?」
私がエドワードを止めようと声を上げるのと、誰かが部屋に入ってくるのは同時だった。
こんな空気に、一体誰が入ってくるというのだろう。
いや、誰かなんて、1人しかいない。
扉の方を見ると、そこに立っていたのは細身の背の高い男だった。赤みがかった茶色の長髪は一つに束ねて後ろに垂らしている。スーツのような、少しかしこまった格好をしていて、両手には白い手袋。その白い手袋をはめた右手の人差し指が、ポリポリと鼻の頭をかいていた。
間違いない。レオンだ。
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