5.話があるの……
「それでは行って参ります」
「気をつけるんだよ、本当に気をつけるんだよ」
「エヴィ、あぁ、行ってしまうのね」
お父さんが外出許可を出してはくれたけど、大変な騒ぎだった。
お母さんは涙を流しているし、お父さんは沈痛な面持ちで私を見ていた。
これが最期の別れでもあるかのような仰々しさに笑ってしまいそうだった。
「大丈夫です。今度は学園の外ですから、専属騎士の2人もいます。それにエドワード殿下もいらっしゃいますから」
そう言ってお母さんの手をギュッと握った。感極まった様子で私をぎゅうっと抱きしめるお母さん。さらにその上からぎゅうっと抱きしめるお父さん。く、苦しい。
やっと解放されると、使用人も何人かもらい泣きしているようだった。
「本当に、本当に気をつけるんだよ」
「大丈夫です。ご心配なさらずに」
そう言ってエドワードが私を馬車へ乗せてくれた。このまま日が暮れてしまうところだった。あぶないあぶない。
「それでは行って参ります」
何度目かの挨拶の後、レイリーが馬車を出させてくれた。
振り返って見ると、お父さんとお母さん、それに使用人達はずっとずっと手を振ってこちらを見つめていた。
思わずため息をつくと、エドワードがふふふと笑った。
「エヴィは本当に愛されているね」
「ええ、そうですね」
「無事に許可が下りて、出発できてよかったよ」
「心からそう思いますわ」
「私も、少しは婚約者として信頼されているのかな」
「それは……」
そうだ、他愛ない話をしている場合じゃない。
今、言わなければ、いつ言うというのだ。
「エドワード殿下、折り入ってお話がございます」
「なんだい? 今度はどんな本音が聞けるのかな」
優雅に微笑むエドワード。その美しい顔を真正面に見据えて、深呼吸をひとつ。
「
「…………」
エドワードの表情がどんどん強張っていく。
「……一体どうしてだい?」
「この婚約は、
「苦労なんて……」
「それに、今は聖女と呼ばれる方もいらっしゃることですし、昨年とはまるで状況が違いますわ」
「なぜ、高橋嬢のことを」
「彼女はこの国で、唯一『聖女』という名を与えられた方ですわ。神殿からの手厚い保護を受け、尽きることのない魔力を持ち、平民にも分け隔てなく接する姿勢は、平民のみならず貴族からも注目を集めておりますわ。そんな彼女の影響を無視することなんてできるはずもないでしょう」
「だが、……その、エヴィは高橋嬢のことを苦手に思っているのではないのか?」
「えぇ、正直に申し上げますと、確かに
「そなただって大貴族のレトゼイアだ。それこそふさわしいだろう」
「聖女である彼女が現れるまでは、そうだったと認めますわ。ですが、先ほども言いましたが、彼女が現れたことで今は状況が変わりました。それは、エドワード殿下も感じていることと思います」
「…………」
「レトゼイアが、妃の座を聖女に譲ったからと言って、
「…………」
「
「…………」
「
「…………」
「ですからどうか、エドワード殿下。何もお気になさらず、
「…………」
「今まで
「…………」
「エドワード殿下はエドワード殿下の御心に従ってください。
「………………」
タタン、タタンと馬に合わせて馬車が揺れる音だけ響く。
エドワードは話の途中から黙り込んでしまった。
無表情なその仮面の下で、どんな思いや考えが渦巻いているのか、まるでわからない。少しはわかるようになったかも、なんて、本当に思い上がりだった。
手元を見ているのか、それとも記憶の景色を見ているのか、エドワードの視線の先に何があるのか、それもわからない。
私はスッと顔を窓の外へ投げる。木造のかわいらしい家々の間をぬって馬車は進んでいる。
エドワードにとって、エヴァリアとの婚約破棄は悪くないどころか、願ったり叶ったりのはずだ。原作の内容では聖女と結ばれる運命にあるのに、エヴァリアがYESと言わないから大変な苦労をしていたんだから。
私は、エヴァリアじゃない。だから、エドワードに別れを切り出すのだって、ちゃんと言えた。全部、言いたいことを全部言えた。これだけちゃんと言えば、エドワードは仕方ないなって顔でその通りにしてくれるはずだ。そういう建前が、理由が、彼には必要なはずだから。
「お嬢様、間もなくルクブルグ様のお宅へ到着します」
窓の向こうからレイリーの声が聞こえた。
「エドワード殿下、これからのことを簡単にご説明いたします」
私がそう言うと、エドワードの目に少しだけ光が灯った。
「ルクブルグ商会の3代目の紹介していただくのは、前に話したかもしれませんがこの国一の情報屋ですわ。彼に、
「……そうか」
「その情報屋は何を考えているのか、よくわからないことが多々ある者です。ですので、殿下に危害が及んではいけませんから、その場には
「……なんだって?」
「まさか情報屋とて、王族であるエドワード殿下に手出しはできませんでしょうが、万一のためでございます」
「それは、エヴィ、君も危険だということではないのか?」
「いいえ、エドワード殿下。その情報屋とか少々面識がございます。それに王族に次ぐレトゼイアを、その者も無視はできないでしょう」
「しかし……」
「いいえ、エドワード殿下、お聞きください。エドワード殿下は王族でございます。そのようなお方が、直接手を汚さなくともよいのです。ここまで一緒についてきてくださっただけ、大変に光栄なことですわ」
「…………」
まただんまりだ。
エドワードは一体どうしちゃったんだろう。感情も、前に比べれば豊かだし、こうして王子スマイルを忘れるなんて。
「お嬢様、着きました」
疑問を深く考える間もなく、ルクブルグの家に着いた。
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