4.外出許可をください……

「反対だ」


 開口一番、こう言われてしまった。


 エドワードと一緒にお父さんの書斎へ来て説明し始めると、柔らかな笑顔がみるみるうちに曇っていったのだ。


 書類を書いていたみたいだけど、手にしていた羽ペンを置き、眼鏡を外して私達2人を見た。


「エヴィ、我が愛しい娘よ。もう私はお前を失うような目には遭いたくないのだよ。2度も倒れて、どれほど心配したことか」


 ずっしりと重い言葉が私の心に届く。


「だからもう、家から出ることはないよ。ルクブルグ商会など、こちらへ呼べばいくらでも来ることだろう。わざわざお前が出向くことなんてないんだ」


「お父様、」


「それにうちはレトゼイアだ。お前が望むなら庭園ももっと豊かに大きくすることもできる。街で評判のカフェがあるなら、そこの店ごと買ってうちの庭でお前に仕えさせればいい。隣国の王子だろうと、この国の王族だろうと、我が家門は無視できまい。我が家に来させればいい」


「お父様……!」


 エドワードの居る前でなんてこと。侮辱したと取られても仕方のないような言い方するなんて。


「エヴィ、わかるかい? 私とジュエリアは、それほどまでにお前のことを大切に思っているんだよ。この国の、いやこの世界の全てから、私達はお前を守りたい。2度と、あんなふうにお前を心配することなんてしたくないんだ」


 そう言ってお父さんはため息をついた。


 心配してくれるのも嬉しいし、愛されていることがわかって安心もする。全ての苦痛や煩わしいことから離れて、この屋敷の中だけで生活するのも、当初に夢見ていた怠惰な幸せライフだ。


 でも。


 このままいくと、原作の通りに戦争になってしまう。そうなった時、私は知らんぷりでいられない。知らんぷりするには、この世界を好きになりすぎてしまった。


「お父様、わたくしの話を聞いてください」


 覚悟を決めて、お父さんの顔を見た。


「お父様、お母様が、わたくしを大切に思ってくださっていることは重々わかっております。ですが、わたくしが行かねばならないのです。わたくしもレトゼイアです。わたくしわたくしにできることやその務めを果たさねばなりません」


「エヴィ、そんなことはもう考えなくてもいいんだ」


「いいえ、お父様。わたくしも誇り高きレトゼイアです。レトゼイアに産まれたことを誇りに思っております。ですから、行かせてください。危険なことなど、何もありませんわ。わたくしには優秀な専属騎士が2人もおります。それにエドワード殿下もご同行くださるそうです」


「……殿下、あなたは、本当に我が娘を守る意思がおありですか?」


 ギロリとエドワードを睨みつけるお父さん。その視線はものすごく鋭くて、並大抵の人なら足がすくんでしまうような凄みがあった。


「もちろんです。私は、エヴァリア・レトゼイア嬢を命に代えてもお守り致します。そのために、無理を言ってこの家に残っていたのではありまえんか。それはヴェルトン卿もご存じでしょう?」


 まったくひるむことのないエドワードの返答。口元には笑みを浮かべているけど、嫌味な笑顔じゃなくて、相手を信頼して緊張をほぐれさせるような、そんな優しい微笑みだ。


「…………」


 長い沈黙が訪れた。お父さんの表情からは、何を考えているのか何一つ読み取れない。


 エドワードもそれ以上言葉を重ねるつもりがないようで、同じ表情でただ黙って立っている。


 私の方が沈黙に負けてしまいそう。息苦しい空気が私達を包んでいる。


「……3日後と言ったな」


 重苦しい雰囲気に押しつぶされそうになっていた時、ようやくお父さんが口を開いた。


「そうです」


 すぐさま私は答えた。


「……お前達は部屋へ戻りなさい」


「あの、お返事をまだ」


「考えておく」


 それだけ言われて、もうそれ以上話すことはできなかった。


 すごすごと引き下がり、自室へ戻る間もレイリーとユーリックに護衛されながら歩いた。


「お父様、許可してくださるかしら……」


 どうにも不安で、つい口をついて出た。


「大丈夫。ヴェルトン卿は、そなたのことをとても愛していると同時に、とても信じているのだから」


 エドワードから答えにならない答えが返ってくる。


「もし、仮に、お父様から許可が下りませんでしたら、こっそり抜け出してでも、わたくしは向かうと思います」


 私がそう言うと、ふっと振り返るレイリー。


「俺はお嬢様をお守りするだけです。お嬢様を連れて、安全に行って帰ってくることを約束しますよ」


 にこっと笑った顔はどこか吹っ切れたような清々しい顔だった。


「お嬢様にも、そんなお転婆なところがあったなんて驚きですが」


 後ろからユーリックの優しい声が響いてくる。


「私達専属騎士は、お嬢様をお守りするための存在です。意志の強いお嬢様の決断や行動には、いつも意味がありました。本当は止めなければならないのでしょうが、それでもと思ってのことでしたら、どうぞ私達を頼ってください」


 顔だけ後ろを向くと、今まで見たこともない優しい微笑みを浮かべたユーリックがこちらを見ていた。


「もちろんその時は、私にも声をかけてくれるんだよね?」


 エドワードが隣でおどけたように言う。


「ま、言われなくてもついて行くけどね」


 二言目にサラッと怖いことを言う。私を監視しているのかな。こんなイケメンのストーカーがいるなんてたまったもんじゃない。


「お嬢様のことが、ご両親がよくわかってらっしゃる。ここでお嬢様の頼みを断ったらどうなるか、よーーーく知ってると思います。だからきっと、許可は下りますよ」


 レイリーががははと笑いながら言った。


 そうなのかな。そうだといいな。


 いつの間にか帰ってきた自室には、イリナとメイがいてお茶の用意をしていた。


「お嬢様、美味しいお菓子を用意しておきましたよ~!」


「どうぞ、エドワード様のお席もご用意しておりますので」


 促されるまま席へつく。


 色とりどりの焼き菓子やケーキやタルトが並んでいる。まるでジュエリーボックスを開けたみたいな美しい色。


 きっとこれも、エヴァリアを喜ばせようと考えて作ってくれたに違いない。


 メイだってイリナだって私のことを信じてくれているし、レイリーだってユーリックだって私のために命をかけてくれる。きっとルリミエだって私のことを一生懸命探してくれたんだと思うし、今目の前にいるエドワードも、さっき会ったお父さんもお母さんも、みんなすごく心配してくれたんだ。


 こんなふうに大切な人達がいるこの世界を、戦争なんかで壊させやしない。大切な友人もできて、何より愛してくれる両親を、私も失いたくない。


 原作のシナリオなんか、私が壊してやる。


 美味しいお茶とお菓子を食べながら、私の心はふつふつと燃えていた。

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