2.信じてほしい……

「お嬢様、エドワード第三王子とラジア王子がお見えになりました」


「通してちょうだい」


 私はベッドから身を起こした状態で2人を迎えた。


「エヴァリア……! 大丈夫だったのか!?」


 慌てる様子も隠さずにエドワードがベッド脇へと駆け寄ってくる。


「大丈夫ですから、そんなにご心配なさらないでください」


 そう言ってちらりと視線を上げると、ラジアはドアの辺りで立ち尽くしていた。


 困惑の表情を浮かべている。


「ラジア様もどうぞこちらへ。こんな格好で無礼をお許しください」


 そう言うと、おずおずとベッドの側へやってきた。


 手際よく、メイとイリナがベッド脇へお茶と簡単なお菓子をセットしていく。それが終わると2人は一礼をして部屋から出て行った。


「お2人にお話ししなければならないことがございます。大事なお話なのです。この部屋には、あそこにいるわたくしの専属騎士2人を除いてはお2人だけでございます。どうか、お耳を傾けていただきたく存じます」


「エヴァリア、大丈夫だから、話してくれないか? あの日、何が起きたのか」


 そっと私の手を握るエドワード。繊細なガラスか、でなければ今にも爆発してしまいそうな爆弾か、そんなふうに恐る恐る私の手を包んでいる。


「あの日、わたくしはルクブルグ商会の三代目マシュー・ルクブルグ様と共に馬車置き場を目指していたその道で何者かに攫われたのです。学園内での出来事でしたので、わたくしの専属騎士達も守り切れなかったのです」


 そっと壁際に視線を向けると、レイリーとユーリックと目が合った。2人ともこわばった表情をしていて、多分、自分を責めているのだろう。私は申し訳なくなって、彼らに薄く微笑んだ。


「気がつくと、どこかの狭い部屋の中へ拘束されて座らされていましたわ。イヤリングにしてあった魔石エナストーンは盗られてしまいましたが、ネックレスはまだありましたので、己の魔力でこの窮地を切り抜けようと考えましたの」


「そんな危ないこと……!」


 エドワードの手にぐっと力が入った。


 ラジアは相変わらず黙って、少し俯き加減で話を聞いている。


「どこに連れて行かれたのか分かりませんでしたから。わたくしこれでも大貴族の娘ですの。魔力も、財力も、持ち合わせているのです。なんとか交渉して、それがダメなら力づくでも、我が身を守ろうと考えていたんですの。でも……」


 あの時のことを思い出して、少し怖くなる。深呼吸をひとつして、続きを話した。


「最初は3人の男が、わたくしを取り囲んでおりました。その男達は、おそらく我が国の市民でしょう。なぜなら、奉仕活動に来たとある人物がとても親切で優しくて本物の聖女に違いないと口々に言っていたからですわ。聖女の名前は『高橋ワカナ』。彼女は単なる世間話のつもりで、日々の愚痴を口にしたのかもしれません。わたくしエヴァリア・レトゼイアにいじめられている、と」


「なんだと……」


 エドワードの顔が怒りの色に染まっていく。そりゃそうだよね。聖女ともあろう人が、他人の悪口言ってたなんて怒って当然だ。


「彼らは聖女のために、わたくしを闇取引でウィジャラ王国へ奴隷として引き渡すつもりだったそうなのです。ではなぜ、一般市民の彼らがわたくしを学園から連れ去り、ウィジャラ王国とのコネを持つことができたのか。それは手引きをする人間がいたからにほかなりません」


「我が国に奴隷としてだと? 奴隷制度は我が国ウィジャラでも廃止になったはずだ!」


 抗議の声を上げるラジア。無理もない。自分の国の至らなさを責められているように聞こえたのだろう。


「落ち着け、ラジア」


「ラジア様、お気持ちはわかりますが、どうか怒りをお収めください。手引きした男もまた、残念ながらウィジャラの者でしたので、ご協力を」


「我の心の内など、そなたにわかりもしないであろう。ありもしないそのようなことを言い出すとはまったく期待外れだ。なんのために我を呼び出したのかと思えば、我が国のせいにしようというのだな! そなたの意志はよくわかった。こんな国、二度と足を踏み入れるものか」


「ラジア!」


 吐き捨てるように言い、立ち上がって部屋を出て行こうとするラジア。エドワードが止めようとするが、無駄なようだ。


 やっぱり、悪訳令嬢だから、ヒロインじゃないから、聞いてくれないのかな。


 ……いや、弱気にならない。エヴァリアのために。自分のために。


「お待ちください! 手引きした男は、呪術を使ったのです!!」


 ハッとして立ち止まるラジア。よかった、とりあえず止まってくれた。


 私は急に大きな声を出したので咳き込んでしまった。


「エヴィ、大丈夫か?」


 慌てて私を心配するエドワード。いつも冷静で王子スマイルを崩さないのに、こんなに狼狽えるなんて不思議。


「そなた、今、なんと言ったのだ?」


「呪術でございます、ラジア様」


 怒りのまだ残る顔に困惑の色も浮かんでいる。


「私を攫った3人の男達が核心めいたことを話そうとした時、フードの男が現れたのです。その者が指を鳴らすと、3人の男達はもがき苦しみ始めました。魔力の気配など、ひとつも感じ取れませんでした」


 ラジアがそっと戻って来て、私の前に座った。


「何が起きたのかわからずにいると、フードの男は私の方を向いて指を鳴らしたのです。同時に視界が揺れ、全身に痛みが走り、気がつくと手に腕に漆黒のように黒い模様のようなものが浮かび上がってきたのです」


 ラジアがぴくりと反応した。


「それから痛みで暴走した魔力が、炎の形となってフードの男へ放たれましたが、確実に当たったはずなのにすり抜けるようにして、後ろの壁へと当たったのです。驚いたのはその後でした。その男は魔法を知らなかったのです。初めて見たと感心している様子でした」


「それは、イグラントの民ではないな……」


 エドワードが決定的に言った。


わたくしの家は商業を生業としております。他国の方とも関わることが多く、呪術という魔法とは似て非なるものがウィジャラ王国にはある、と、そのことは知っておりました」


 沈痛な面持ちで、鋭く一点を見つめているラジア。自分のせいではないのに、とても自分を責めているようで、可哀想だと思った。


「ラジア様。わたくしはラジア様もウィジャラ王国の文化も本当に素敵だと思っております。そのフードの男も、わたくしがレトゼイアだと名乗ったら動揺しておりましたの。ですから、きっとそそのかされたか、騙されているか、どちらにせよ、黒幕が居るはずですわ」


「……そなたのことを信じろと言うのか? 我が国を陥れようとしているのではないのか?」


「ラジア! エヴァリアは生死の境を彷徨ったのだぞ!? なぜ信じられないんだ!」


「エドワード様」


 今にも掴みかかりそうなエドワードを諫めた。


わたくしではなく、他の一般市民あるいは他の貴族の令嬢が殺されていたかもしれません。その時残された者達は、こうしてお話することもかなわず、ただただ恨みや復讐心を抱えていることでしょう。それが何かのはずみで、ウィジャラ王国の者が犯人だと噂が流れたら、真偽は確かでなくとも、それだけで戦争へ感情が大きく動くと思うのです」


 じっと私の話を聞いているラジア。きっと、信じたくないだけで、多分ラジアは……。


わたくしは、素敵な文化をお持ちのウィジャラ王国と、同じ学び舎で共に過ごしたラジア様を失いたくはありません。戦争など、愚か者のすることでございます」


「……そうだな」


 ふうっと重い息を吐いて、ラジアが言った。


「そなたの身体に現れた痣だが、それは確かに、我が国の者だけが知るまじないだ……」


 芯からつらそうに認めた。聞いているこちらが苦しくなるような、そんな声だ。


「我が国の民が、本当に、取り返しのつかないことをするところだった……。本当に、申し訳ない」


 そう言って頭を下げるラジア。一国の王子が頭を下げるなんて、相当なことだ。それだけ自分の国の責任を感じるラジアは、きっといい王族に違いない。


「そなたに呪いをかけた者は、我が名にかけて、探し出そう」


「ありがとうございます」


 ひとまず、わかってもらえてホッとした。


「それで? 黒幕に心当たりでもあるのか?」


「……わかりません。この街には腕利きの情報屋がおりますので、そちらへ伺おうと思っております」


「そうか」


 ラジアはそう言うと立ち上がった。


「我はもう行く。疑ってすまなかった。必ず見つけ出して、そなたの目の前へ連れてくることを約束しよう」


 そして部屋を出て行った。その後ろ姿は凛として真っすぐに伸びていた。


「エヴィ、大丈夫かい?」


 エドワードがまた手を握り、心配そうにこちらを見ている。


「こんなに恐ろしいことが起きたのに……君は本当に強いね」


「ありがとうございます。……黒幕がわからない以上、エドワード様も安全とは言えません。くれぐれもお気を付けください」


「何を言っているんだ? 私は帰らないよ。エヴィ、君の側にいるって決めたんだよ」


「えっ?」


 この人は何を言っているのだろう。驚いてエドワードの顔を見るけど、真剣そのものの瞳が見返してくるだけで、なんだかこちらが恥ずかしくなってきてしまう。


「こんな時にご冗談など、おっしゃらないでください」


「冗談なんかじゃないさ。婚約者も守れないで、何が王族だ。私は真剣に言っているのだよ」


「……エドワード様は変わりましたね。そんなにご自分を通すなんて初めて見ましたわ」


「エヴィこそ、変わっただろう? 昔も好きだったけど、今はもっと好きだよ」


 !?


 突然の告白に頭がショートする。


 え、ていうか昔も好きだった? エヴァリアの記憶には、冷たくあしらわれたことしかないのに? エドワードの言ってることが本当だとしたら、もっと、もっと早く知りたかった。その事実を、ちゃんとエヴァリアに聞かせてあげたかった。


「……今日はもう休みますので、エドワード様もお休みくださいませ」


「ふふ、エヴィはかわいいな。今日は騎士が2人、君のことを守っているからね、このくらいにしておくよ」


 俯いている私の左の頬に、エドワードの手が添えられた。


 不思議に思って視線を上げると、すぐ目の前にエドワードの顔。


 避ける隙なんてなかった。


 ちゅっと小さく音を立てて、エドワードは私のおでこにキスをしたのだ。


「ふふ。しばらくレトゼイア家に厄介になるから、いつでも呼んで。いや、私から頻繁に来るからね。それじゃあおやすみ」


 呆然としている私をよそに、エドワードは颯爽を部屋を出て行った。


「ひゅ~、おアツイですねぇ~」


 すぐに茶化してきたレイリーを睨みつけて、私は布団を被った。


 遅れて来た心臓の鼓動が痛かった。

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