第4章
1.止めなくちゃ……
ハッと目を覚ました。
視界には天蓋ベッドの天井。薄い膜のような布が私の周りを囲んでいる。布の向こうはロココ調のような、西洋風の贅沢の限りを尽くしたような部屋が広がっている。赤と金を基調にした空間は、見覚えがある。
「エヴァリアの部屋……」
ふかふかの枕に頭を預けたまま、エヴァリアのことを思い返す。彼女は多分、死んでしまった。私なんかの代わりに。
じわり。と、また目の端が滲む。
泣いている場合じゃないでしょ。涙をこらえながら、私は考えた。
大貴族のレトゼイアの娘が攫われ、意識不明だったなんて、大問題だ。これが国内のことなら死刑くらいかもしれないけど。
多分、これは原作でちょこちょこ描かれていた戦争の火種だろう。戦争前のシーンで、何者かに攫われた娘たちが無残にも遺体となって発見された、とか、あちこちで隣国を差別するような発言が増えていった、とかいう文があったと思う。
エキストラ、と、今はそんなふうに言えないけど、とにかくプレイヤーには名前も知らないモブキャラが死んだことだけ、知らされていた。そのエキストラの代わりに、私が狙われ殺されそうになるなんて……。
そうだ、アザは!?
涙を拭おうと思った左手を見る。
その手は、いつもと変わらない、エヴァリアの美しく白い手があった。
あの黒く、みみずの這ったような痕はどこにも見当たらなかった。
「エヴァリア……」
あれが、命を落とすまで終わらないものだった。私の中にいたというエヴァリアが、私の身代わりになった。
私は体を起こした。手を開いたり閉じたり、足を延ばしたり力を入れたりしてみた。
どこにも異常はない。健康体、そのものだ。
「ありがとう……」
戦争の火種となる事件で「何者か」と言っているけど、これはイグラント王国をよく思わないウィジャラ王国の市民の仕業だ。原作を読んでいる私にはわかる。あのフードの男がウィジャラ王国の人間で、私やあの場にいた男達を苦しめた何かは、呪術であるということも。
原作での戦争は、市民がたくさん死んだと書いてあった。それから主要なキャラクターも、1人だけ死んでしまう。それはユーリックだ。聖女であるワカナを守るために、身を挺して守った結果死んでしまう。騎士道を貫いて、なんてかっこいいの……なんて思っていたけど、そんなの冗談じゃない。
戦争になることだけはごめんだ。戦争なんか起きてしまったら、エヴァリアと約束した、エヴァリアの人生を幸せなものにするってことを、絶対に守れない。
「……よしっ」
気合いを入れてベッドから降りた。
「……エヴィ!!!」
と同時にドアが開いて、エヴァリアの両親が入ってきた。いや、雪崩れ込んできたという方が正しいかも。
「エヴィ、あなた、3日間も寝込んでいたのですよ!?」
「どこか痛いところはない? 大丈夫? あぁ、先生、大丈夫なんですか」
狼狽える両親。私の顔と言わず身体と言わず、ぺたぺたと触って確かめている。
「お父様、お母様、心配をかけてごめんなさい。
「大丈夫なわけないじゃない! 本当に心配したのよ!!」
私の声を遮って、お母さんが大きな声を出した。
「ついこの前だって、王宮で倒れて、今回は誘拐された挙句3日間も目を覚まさなかったのですよ!? それが大丈夫なわけありますか!!!」
大粒の涙をボロボロと零しながら、ほとんど悲鳴に近い金切り声で言った。エヴァリアのことを本当に心配していたんだと、痛いほど伝わってくる。
「ジュエリア、その辺にしておきなさい。……エヴィ、本当に、私達はお前のことを心配していたん。お母さんの気持ちも、わかってくれるね?」
お父さんはお母さんのことを諫めながら静かに言った。
そして2人は、私のことをそっと抱きしめてくれた。震えるお母さんの身体。どっしりとしたお父さんの身体。
エヴァリア、あなたはちゃんと両親に愛されているよ。
「お父様、お母様、本当にごめんなさい」
私がそう言うと、より一層強く抱きしめてくれた。
素敵な両親じゃない、エヴァリア。
「さあ、エヴィ、あなたはまだ寝てなさい」
「そうだな。カーディアン家の令嬢に手紙でも書くと良い。お前が見つかったのは、あの子のおかげだからな」
「ルリミエが……?」
「ええ。魔力探知機を開発していたそうよ。あなた、それに協力したんでしょう? それであなたの魔力を探して、ここへ連絡してくださったのよ」
「ルリミエが……」
きっと第二王子のオリバーと一緒に開発していたものだ。協力したような気もするけど、ルリミエという友達ができたことに浮かれて、あんまり覚えてないや。
……いやいや、寝てる場合じゃないって。
「お父様、お母様、お話があります」
「今はゆっくりしなさい」
「ごめんなさい。そういう訳にはいかないのです。事態は一刻を争うことなのです」
2人の目を見て、真剣に言った。2人とも動揺しているのがよくわかる。揺れている4つの瞳と、複雑な表情をした2つの顔。
しばらくそうしていたけど、2人は顔を見合わせて、お父さんの方が口を開いた。
「エヴィ、それは、自分のことよりも大切なことかい?」
「もちろんですわ。お父様やお母様、王家やこの国の民に関することです。ですが、自分のことでもありますの」
「……であれば、エドワード殿下をお呼びしよう。でも、エヴィ、まだこの部屋に居ておくれ。大切な愛娘がやっと目を覚ましたんだ。せめて、この部屋で会談しておくれ」
「わかりました。我が儘を聞いてくださってありがとうございます。……あの、我が儘ついでにもう一つ。エドワード殿下と共に、ウィジャラ王国王子のラジア王子もお呼びいただきたいのですが」
「……わかった。そのように伝えよう。他に必要なことはあるかい?」
「
「……大事な娘も守れない騎士など、他の者にする気はないのか?」
「ありませんわ。今回のことは、学園内で起きたことです。学園の中まで専属騎士が入れていれば防げていたかもしれませんが、今回のことは2人には何の関係もないことです」
「そうか……。わかった」
そう言うとお父さんは執事に目配せをした。下がっていく執事と入れ違いに、メイとお盆を持ったイリナが入ってきた。
「エ、エヴァリアお嬢様……」
メイのつぶらな瞳が涙で潤んでいる。イリナは冷静な顔をしているけれど、ちょっと瞼が腫れてるように見える。2人とも心配してくれていたんだ。
「お食事をお持ちしました。エヴァリアお嬢様、ベッドにお戻りください」
イリナがそう言うと、メイがそっと私を連れてベッドへ誘導した。
「お父様、お母様、ご心配をおかけして、本当にごめんなさい。2人にとても愛されていることがわかって、こんな時ですけど、
部屋を出て行く両親の背中に向かって、私は言った。エヴァリアが、きっと噛みしめたかったもののひとつだと思ったから。
「もちろんだ、エヴィ。お前を愛しているよ」
「ええ。私達の大切な娘ですもの。愛していますよ」
2人はにっこりとそう言って部屋を出て行った。
パタンと扉が閉まると同時に、ワッと泣き出すメイ。
「お嬢様ぁ! すっごく心配してたんですよぉ!!」
子供みたいに感情を爆発させている。泣きつくメイをの頭をそっとなでてあげた。
「魔力の高いお嬢様のことですから、きっと大丈夫だと思っていましたが、3日も目を覚まさなかったので、本当に心配しました」
イリナもそっと言葉を口にした。
「2人とも、心配かけたわね。もう大丈夫だから」
そう言い終わると同時に、バタバタと扉が開いた。
「「お嬢様!!!」」
駆けて来たのだろう、息の上がったレイリーとユーリックが、そこに立っていた。
「なんですか、そんなに慌てて駆けて来るなんて。2人とも、
「お嬢様、良かった、本当に……」
「お嬢様の専属騎士として、お守りできなかったことを私達は悔いていました」
安堵して気が抜けたようなレイリーと、下唇をぐっと噛んでいるユーリック。
「2人とも、こちらへ来なさい」
私がそう手招きすると、2人はすぐにベッド脇に来て跪いた。
「今回のことは学園内で起こったこと。2人を咎めるつもりはありません」
「ですが……!」
「あなた達2人は、
「「……仰せのままに」」
深く頷く2人。よく見てみればその服は薄汚れている。2人を呼ぶことを渋ったお父さんのことを考えると、もしかすると牢屋とかそういったところに入れられていたのかもしれない。申し訳ないことをしたと思う。
コンコン―――。
扉がノックされた。イリナに視線を投げて、扉を開けてもらう。そこに立っていたのはさっきの執事だった。
「お嬢様、先ほどのお申しつけでエドワード第三王子とウィジャラ王国のラジア王子へご連絡差し上げたところ、すぐに向かうとのお返事がございました」
「そう、わかったわ。ご苦労様」
ぺこりと一礼をして執事は下がっていった。
「イリナ、メイ。
「かしこまりました」
どんなふうに、2人に打ち明けよう。信じてもらえないかもしれない。
でも、原作とは違う今、真剣に話せばきっと届くはず。
身支度をしながら、私の頭は止まることなく考え続けていた。
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