9.なにが起きたの……?

「あ、あんた」


 真っ黒なローブを頭からすっぽり被った男は、3人の男たちを見ているようだった。


「もう一度言うけど、感心しないね。そうやってペラペラ喋るのは、そなたらは気持ちがいいかもしれないけど」


 男にも女にも聞こえる中性的な声。感情はこもっていないけど、その静かさが逆に怖い。


「す、す、すまなかった」


「そ、そんなつもりは」


 男達はしどろもどろになりながら弁解している。それほど恐ろしい男なのだろうか。


「気にするな。そなたらはじきに……」


 そこまで言うとフードの男は私を見下ろした。どんな顔が私を見つめているのか、覗いてやろうと思ったのにフードの奥の暗がりに隠れて見えなかった。


「そなたも尊い犠牲となるがよい」


「何をおっしゃっているのか、わかりませんわ」

(あなた、誰なの)


「じきにわかるとも」


 先ほどの男達とは違って、何も説明する気はなさそうだ。


わたくしはレトゼイア家です。貴族を束ねる身分から、主張はハッキリとと教育されてきました。わたくし、あなた様にお会いしたことはございませんが、犠牲、とは、なんのことでしょうか」

(一体誰なんだろう。全然心当たりがないんだよなぁ……)


「レトゼイア……だと」


 私の言葉に口ごもる男。私の名前に聞き覚えがあるのだろうか。原作なら悪名で轟いていたかもしれないけど、今はそんなことな……いわけないか。3人の男達の話しぶりからして、ワカナが私を悪者にしているみたいだったし。


 そうだとして、口ごもるのはなんでだろう。悪女だったら排除したくなるのが市民の感情なんじゃないかな。……自分で言ってて怖いけど。


 っていうかそもそもこの男が、私を拉致するように3人の男達に頼んだんじゃないの?


「レトゼイアの名をご存じかしら。王族の次くらいには名が知れていると思うのですけど」

(なんでレトゼイアに反応するの? あなた、何者なの?)


「なぜだ……と、そう……どうして……いや」


 急に動揺し出す男は、何やら1人でぶつぶつと呟いている。


「何かございまして?」

(なんなのよ……)


「そなた、名をエヴァリア・レトゼイアというのか?」


「レディーの名前だけご存じだなんて。それで? あなたはどこのどなたですの?」

(私の名前を知ってるってだけじゃ、なんの手掛かりにもならないわ……)


「…………おい、赤い目の女は他に居なかったのか?」


 私の質問には答えず、3人の男達に言った。赤い目の女を探しているの? 多分、私以外に居ないと思うけど、どんな理由があるんだろう。


「い、いませんでした。こいつだけで」


「もういい」


 男はイラついたように言うと、指をパチンと鳴らした。


 その瞬間、3人の男達はその場に倒れ、もがき苦しみ始めた。


「何をしたのです!?」

(何!? なんなの!?)


「この男達は用済みだからな」


 淡々と言葉を吐く男。魔力を使った気配は全くしなかった。一体何を。


「気をしっかり持つのです!」

(しっかりして!)


 思ったと同時に身体が動いていた。自分の魔力で、手首を拘束していたものを焼き切り、倒れている男達へと駆け寄った。うぅとかあぁとか呻いているだけで、外傷など何も手掛かりがない。


「ほう、それが魔法というものか」


 背後から感心したような声が聞こえた。


 ……魔法を知らない? この国の人間なら、使えずとも存在は当たり前に知っていることなのに?


「この者達に何をしたのです? 解放しなさい」

(どうやって苦しめているの? やめてよ)


「次はそなたの、番だ」


 見上げるように男を見ると、少しためらうように言った。何をするの? 私にも何か、わからない何かで、この男達と同じように苦しませるの?


 恐怖でぎゅっと心が縮む。そうして私の中にある魔力が、私を守るように、私を包み込むように、放出されていく。


 が、イヤリングがないからコントロールが上手くいかない。暴走したように、魔力があちこちに逃げていく。


「……もう、後戻りはできない」


 男はそう言うと、指をパチンと鳴らした。


 ぐわん、と、世界が歪む。


 なに、これ。


 身体の内側が、脳みその奥が、どろどろになっていくような異物感、違和感、不快感と恐怖感。


 同時に暴れまわる魔力。自分の魔力で、身体が内側から外側から傷ついていく。


「まさか抗うとは……」


 驚いている男の声が聞こえたけど、痛みや恐怖で限界が近い。


わたくしに、な、にを……」


 意識が遠のく。遠のいては痛みで引き戻される。倒れてはいけない。こんなところ、誰にも見つけてもらえないかもしれない。


 なんでこんなことするの。


 ひどい。


 なんで。


 痛い。


 痛い痛い痛い。


「きゃあああああああ!!!」


 堪え切れなかった悲鳴が、私の口をついて出る。痛みと恐怖と、そうして沸き起こってきた怒り。怒りに身を任せて、フードの男へと炎を投げる。自分を傷つける魔力が、少しでも外へ放出されるように。


「驚いたな」


 確かに当たった。男に当たった。


 いや、すり抜けていった。


 まるでホログラムのように、揺らめいただけだった。


「なん、で」


 何度も何度も炎を投げる。男に当たる。当たるのに当たらない。どうなってるの。何が起きてるの。


 ふと、フードの男を指した自分の手に違和感があった。


 黒い。みみずが這ったような痕が無数についている。


 手だけじゃない。袖をまくった腕にも、びっしりと痕が皮膚を覆っている。


「呪、い」


 呼吸が上がってきた。もう、息をするのも苦しい。その場に倒れ込む。


「必要な犠牲なのだ」


 フードの男の声が、聞こえた気がする。


 限界。


 あぁ、私、死ぬの、かなぁ。





――



―――



―――――





「―――のね」





「―――る――かしら」




「よくも―――られる―――」



「―――なさい」



「起きなさい!!!」


「ご、ごめんなさい!」


 がばっと身体を起こした。目を開けたけど、何も見えない。真っ白い空間。


 ここは、どこ?


 キョロキョロと辺りを見渡しても、一面真っ白で、距離感がない。広いのか、狭いのか、全然わからない。


「待ちくたびれましたわ」


 頭の上から声が降ってきた。耳慣れた声。


 はっとして見上げると、優雅に漂うエヴァリアがいた。


「エヴァ、リア?」


「こんなに美しいわたくしを見間違えることがあって?」


「い、いやっ……」


 どうして目の前にエヴァリアがいるんだろう。


 私……。


「どうして……」


 呟き、うなだれる。


 目に入ったのは、綺麗な手と指、それにきちんとした青いスカート。


 え……? 私、今の格好もエヴァリアなの?


「不思議なものね。自分の意志で動かない自分を見ているというのは」


 エヴァリアがふよふよと動きながら言った。


「あの、私、えっと、どうして……」


わたくしが説明して差し上げましょう。有難く思いなさい」


「あ、は、はい……」


「ここは、生と死の狭間。あなたは半分死んでいるし、半分生きている状態ですわ」


「あ! 呪いで! 私、死ん」


「大きな声を出すなんて、はしたない」


「す、すみません」


 綺麗な人が怒ると怖い。エヴァリアの冷ややかな声が響く。


「せっかく面白くなってきたところなのに、あなたを死なせてしまうのは勿体ないですもの。仕方なく、本当に仕方なく、わたくしの魂を差し出しましたわ」


「!?」


「いつもとは違う世界を見せてくれるあなたに、期待しているのよ」


「えっ? ……えっ?」


「なんてマヌケな顔をしてるのかしら。わたくしの期待、しっかり背負っていただかないと困るといいますのに」


「ま、待ってください。エヴァリアは、生きていたんですか?」


「えぇ。あなたの行動を、いつも見てましたわ。人格、というのでしょうか。そちらはあなたにお譲りして、わたくしは事の次第を見物していましたの」


「え、なんで? どういうこと?」


わたくしだけ、何度も同じ人生を繰り返していましたの」


 淡々と話しているのに、すごく重みを感じる。どれほどの人生を繰り返してきたのだろう。


 私は、エヴァリアが続きを話すのを待った。

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