17.原作と違うことが起き始めてる……?

「ぎゃあああああああ!!!!!!!」


 目の前のワカナが悲鳴を上げている。何が起きたのかわからず、硬直する私。


「お嬢様!」


 私の肩に、レイリーとユーリックの手がかかる。それで我に返って、まだ悲鳴を上げ続けているワカナを見た。目はすぐにワカナの身体に異常がないか確認していた。と同時に魔力の流れを感じた。


「!!!」


 レイリーとユーリックの手を振りほどき、慌ててワカナの腕を掴んだ。流れ込んでくるワカナの魔力。焼けるような痛みだ。


 自分の魔力で自分の肉体を攻撃するなんて!


 さっきの表情から察するに、エヴァリアのことを陥れようとしているに違いない。だけど、自分のことを傷つけてまで、なんて。


 一体どれだけエヴァリアが憎いの?


「おやめください!!!」


 ワカナから引き離そうとする背後の2人。


「そんなことより、エドワード殿下に知らせなさい! 早く!!!」


 痛みが私にやるべきことを指し示している。私の魔力でワカナの魔力を相殺させなくちゃ。


 が、さすが聖女というべきか、魔力の量が尋常じゃない。私の魔力じゃ敵わないかもしれない。それでもどうにかしないと。ワカナは本気で死ぬつもり? いや、そんなはずはない。こうなる前に一瞬見せた、あの意味深な笑顔。何か企みがあるに違いない。


 じりじりと拮抗する消耗戦では勝ち目がない。


 ならどうする?


 例えば……?


 ワカナを気絶させる? いや、そんなことをすれば、聖女に暴行したとかなんとか言われて断罪されそう。パス。


 じゃあどうするの。何も思いつかない。ワカナの不敵な笑みがフラッシュバックする。


 どうしていいかわからない。こんなことは聖女伝説の中になかったもの。


 あっ、そうか。ワカナにとっても訳の分からないことを起こせばいいのか。


 え、でも何をどうすればいいだろう。


 痛っ!!!


 ワカナの魔力が炎のように私の腕も焼いていく。


 ! これだ!


―――――!!!!!!


 私はありったけの魔力で、私たち2人に水を浴びせた。それはゲリラ豪雨よりもひどい、滝行のような水量だった。


「……!?」


 あまりのことに驚くワカナ。目を見開き、驚愕の表情を浮かべたのがよくわかった。エヴァリアは元々炎属性に優位な魔力の持ち主だ。それが正反対の属性の魔法を使ったのだから驚いただろう。


 ワカナの集中が切れたからか、私たち2人にまとわりついていた魔力の炎は消えてなくなった。よかった、成功した。


 それにしても水量ありすぎ。身体を叩く水が痛いし、これだと息ができない。自分で出しておいてなんだけど、やりすぎ。


「お嬢様! 大丈夫ですか!?」


 遠くでユーリックの声が聞こえる。置物みたいにいつも同じ表情のユーリックでも焦ること、あるんだな。なんだかちょっと面白い。


「……っ」


 火傷の痛みとは、違う痛みが腕に走った。はっとして見ると、ワカナが爪を立てて、私の腕を掴んでいた。その表情は、悔しさに歪んでいる。それとも、酸欠? 私も苦しい。


 どうして、こんなことをするの。浮かんでくる疑問。


 私は、エヴァリアは、ワカナには、どんな顔に見えているのだろう。


「エヴァリア!!! どういうことだ!?」


 エドワードの声が、遠くで聞こえた。無事に、レイリーが連れてきたんだ。


 遠のいていく、意識。ワカナが、掴んでいるはずの、腕の感覚も、遠くなる。意識が飛んだら、この水もなくなる、はず。


「―――――!!」



 あぁ、もう、だめだ。




 …………。





―――――





「………ア」


 誰かが何かを言っている。


 かぼそい声で、今にも崩れそうな悲しみを感じる。


 起きたくないけど、なんだか気になる。


 頭はふわふわとした気持ちのいいものに包まれている。だから声なんか気にせず、このままずっと頭を預けていたい。


 不意に手を掴まれた。誰……?


 何かが手に触った。サラサラとした何か。触り心地のいい、つやつやとした何か。


 なんだろう?


 そっと目を開けた。


 明かりに包まれた部屋。見たことのない部屋だ。自分の部屋とは違うけど、それ以上に豪華な作り。


 気になった手に触るものに視線を移すと、金色の髪の毛……?


 それは俯いているエドワードだった。


「でん、か……?」


 自分から発せられる掠れた声。喉風邪のひどい時みたい。


「エヴァリア!?」


 すぐに名を呼び、顔を上げるエドワード。その顔には疲労の色が浮かび、いつもの余裕はどこへやら、不安そうに揺れる瞳がこちらを見ていた。


「あぁ、エヴァリア。目を覚まさないかと、私は……」


 今にも泣きだしそうにエドワードが言う。


「いったい、なにが……?」


 言ってから気がついた。そうだ、ワカナは?


「あの日、そなたが止めてくれなかったらどうなっていたか……。だが、どうして私が来る前に対処したんだ。もう少しで命を落とすところだったんだぞ」


「お言葉ですが、殿下が来てからでは、遅かったですわ」


「だとしてもだ。そなたの身に何かあっては」


「……申し訳ありません」


 目が覚めて早々、どうして怒られているんだろう。こんなことなら、寝たふりを続けておけばよかったかな。


「いや、すまない。私は心配なんだ」


 そう言ってエドワードは、優しく私を抱きしめた。


「君を失うかと思った。もうこんな危険なことはしないと、そう約束してくれ」


 囁かれる言葉に自分の耳を疑った。


 エドワードがエヴァリアを心配している? 今まで気にしたこともなかったのに?


わたくしは大貴族のレトゼイアですわ。国のため、命をかけるのは当然ですわ」

(どういうこと? エヴァリアのことをなんとも思ってなかったんでしょう?)


「自分の妻になる者を心配するのは当然のことだろう。本当に、良かった」


 完璧な王子スマイルを浮かべるエドワードからは想像もつかないほど、弱々しい声だった。


 ワカナと、聖女と出会ったのに、エドワードは聖女を好きになっていない……? そんなこと、あり得る? だってそれじゃあ聖女伝説なんて物語にならないじゃない。


 私が原作と違う動きをしたから、おかしくなってしまった……? どうしよう。どうしたらいいんだろう。


「目覚めたばかりだというのに、すまない。それだけ心配していたということを、どうかわかってほしい」


 エドワードが名残惜しそうに、私から離れて言った。


 その目はまっすぐにエヴァリアを見つめている。本当に心配していたんだと、エヴァリアのことを大切に思っているんだと、そう実感させられる。


「……聖女様はいかがですの」


 俯いて、私は言った。


 いたたまれなくなる。これから、どうしたらいいのだろう。エドワードを直視できない。


「それよりそなたの身体の方が心配だ。今、医者を呼ぶから」


 不服そうに言うエドワード。


 結局、ワカナがどうなったのかを聞くことはできなかった。


 その会話の後すぐ医者が来て、私の身体をくまなく調べたからだ。魔力による怪我はどうしてか、きれいさっぱり治っていたらしい。火傷のひとつも残るかと思っていたのに。


 私が眠っていたのは、魔力切れを起こしたからだと教えてくれた。身体に魔力が溜まるまで、なんと1週間も私は寝ていたらしい。


 それから両親が飛んできて、抱きしめられた。もう二度と魔力切れを起こさないよう、きつく怒られたけれど、それが愛情であることはよくわかった。


 家へ帰れば、みんなが心配して出迎えてくれた。


 エヴァリア、あなたの人生、私が知っているものと随分違っているよ。みんなに愛されているよ。


 届くことのない気持ちを、あのノートにしっかりと書き綴った。

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