16.なんで私が接待しなくちゃいけないの……

コンコン―――。


「ラジア王子、エヴァリア・レトゼイア様をお連れしました」


「入れ」


「失礼致します」


 ラジアの従者に扉を開けてもらい、中に通される。


 王室の来客用の部屋は豪華絢爛を家具にしたような部屋だ。贅の限りを尽くした内装の中央、見るからに高そうなソファーにラジアは悠然と腰掛け、こちらを見ていた。


「お招きいただき、ありがとうございます。エヴァリア・レトゼイアにございます」


「後ろの騎士は?」


「……こちらがレイリー・バーグ、こちらがユーリック・シュベルトです」


「ま、名前なんてどうでもいいんだけどな」


 私が答えると急に崩した態度になり、へらへらと笑った。そこへ座れと腕で指し示したので、私はラジアの正面に座り、レイリーとユーリックは私の後ろに控えた。


 聖女伝説の中でもラジアは何を考えているかが読めないキャラクターだった。傲慢な王子の一面を出したかと思えば、素直な少年のように振舞ったりする。それが魅力でもあるのだけど、それは実害のない場所にいて初めて言えることで。今はその考えの読めない人間と、どう対峙していいのか頭を抱えるしかない。


「そなたを呼んだのは、なんだか面白そうだったからだ。この国では聖女様を崇めているのだろう? なのに、そなただけは冷ややかな目をしていたな。なぜだ?」


 無邪気に問うてくるラジア。でもその瞳は真実を見抜こうと鋭く光っている。


「……聖女様と言えど、わたくし達と同じ血の通った人間ですもの、いつでも完璧というわけにはいきませんわ」

(ワカナが何かしそうな雰囲気ぷんぷんだし、それに巻き込まれたくないだけなのよ)


「ほう。神の使いを我らと同等と扱うか。これは面白い」


「神に追随する王族も、民も、等しく同じ命でございましょう?」

(同じ人間なんだから面白いも何もないでしょ)


 私がそう言うと、ラジアは面白そうに笑い声をあげた。


「そなたは大貴族の令嬢だというのに面白い考え方をするのだな。平民と王族が同じだと? 我がウィジャラ王国ではつゆしらず、この国イグラントではその考え、異端であろう?」


「ええ。ウィジャラ王国のことを学んだ時に感銘を受けましたの。自国だけの考えに囚われて学びを捨てるのは愚者の所業ですわ。ラジア王子もそうお思いになって、こちらへ学びに来られたのではありませんこと?」

(私がこの世界のことを知っている転生者だから、っていう言い訳は通用しないよねぇ)


「ふふふ、そうだな。我が国が豊かに繁栄できるよう力を尽くすのが王族というもの。気乗りしない訪問だったが、そなたのおかげで退屈せずに済みそうだ。礼を言うぞ。そうだ、褒美をやろう。何が欲しい」


「ウィジャラ王国の王子でありますラジア王子に、お褒めいただき、それだけでもう充分でございます」

(また面倒事が待ってる気がする……。お願いだからそっとしておいて……)


「ほう、大貴族というのに謙虚なのだな」


わたくしはこの国の大貴族のレトゼイア家の娘にございます。ほかの貴族と同じ視点や価値観では意味がありませんから」

(いちいち興味を持たなくていいから……)


「確かに一理あるな」


 しきりに頷くラジア。表情がコロコロと変わるが、本心が読めないキャラクターなだけに不安が募る。ワカナだけで手一杯なんだから、余計な厄介事を抱えたくないのに。


「ラジア王子、お話ができて光栄でございました。もう大変遅い時間にございます。わたくしはこれにて失礼いたします」

(もう遅い時間だし、帰りたい……)


「ん? そうか。我の部屋に泊まっていってもよいぞ」


 誘惑するように、余裕の表情を浮かべてこちらを眺めているラジア。後ろに控えているレイリーとユーリックに緊張が走ったのがわかった。


 私はというと半ば感心していた。ゲームの中ならいざ知らず、対面でよくもまぁそんなセリフを言えるもんだと他人事のように思う。でも私の、エヴァリアの目をまっすぐに見つめて言うラジアの顔を見ると、感心しているばかりもいられない。


「ご冗談を。……楽しい時間をありがとうございました」

(はぁ、本当、勘弁してよね……)


 ラジアは薄笑いを浮かべていたけれど、それ以上何も言わなかった。私はレイリーにエスコートされ部屋を後にした。


 レイリーもユーリックも何か言いたそうにしていたけれど、王室内だからか特に話しては来なかった。


 ふかふかの赤い絨毯を歩きながら、これからのことを考える。ラジアがあんなふうじゃ学園生活のことを考えただけで胃が痛い。専属騎士のいない学園内では、私のことを守ってくれる人はいないのだから、今まで以上に慎重に行動しなければ。


「……! お嬢様、お待ち下さい」


 私の手を取り歩いていたレイリーが、隣で驚いたような声を上げた。


 考え事からふっと戻って正面を見ると、そこにいたのはワカナだった。だけど見るからに様子がおかしい。晩餐会での豪華なドレスはもう着ていない。代わりに下着のような薄手の、短丈のワンピースに裸足でフラフラと歩いている。まるで幽霊のような足取りだ。


「どうしましょう」


 困惑した様子のレイリーの声。どうしようかと聞かれてしまっては、どうにかするしかない。本当は見なかったフリをして、ワカナが通り過ぎるのを待とうと思ったのだけど。


「高橋嬢、そこで何をしてらっしゃるんですの?」

(えっと、どうしてここにいるのかな)


 とりあえず声をかけてみる。するとワカナは歩みを止めて、ゆらゆらと身体を動かしながらこちらへゆっくりと向き直った。だが返事はない。半分閉じた目の焦点がどこにあるかもわからない。けれども晩餐会での自作自演を考えると、これも演技であるという可能性が捨てきれない。魔力が動く気配は今のところなさそうだけど、どうしたもんか。


「高橋嬢、魔力切れからもう回復なさったんですの? 無理をなさるとまた倒れてしまいますから、部屋へ戻った方がよろしいですわ」

(演技か本当なのかわからないけど、お願いだからとにかく部屋に戻ってよ……)


 私の言葉が届いているのかいないのか、ワカナはフラフラと私に近付いてくる。今までのことを考えるとあまりいい気がしない。何が起きるか分からないなら、いつでも魔力を解放できるような状態にしておいた方が良い。


「…………」


 警戒するレイリーとユーリックを抑えて、一歩前に踏み出す。ワカナを真正面に捉える。


「部屋がわからないのでしたらわたくしが一緒に行きましょう」

(ここに置いていくわけにいかないもんなぁ……)


 仕方なく手を差し出した。その時、一瞬だが鋭い目つきでワカナに睨まれた。そして、勝ち誇ったような優越の笑みが口元に。


「……え?」


 私が驚くと同時に耳をつんざくような悲鳴が上がった。


「ぎゃあああああああ!!!!!!!」

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