15.一難去ってまた一難……

「そうですよね! 私もこの世界に来た時に同じことを思いました! 映画や漫画でしか見たことのない綺麗な世界で、そこに居る人達もみんな綺麗で、なんて素敵な世界に来てしまったんだろうって思ったんです」


 そのセリフ、ラジア王子に話を振られた時に返す言葉じゃなかったっけ?


「しかも魔法とかが使える世界じゃないですか。私も魔法が使えるなんて思ってもみなかったです」


 勝手にベラベラと話しているワカナ。


「ワカナ嬢の魔法の素晴らしさは学園の者からも聞いておる。励んでいるようだな」


 陛下が咳払いと共にワカナの後へ続けた。


「聖女様はもう魔法までお使いになってるんですか。素晴らしいですね」


「そうだ! せっかくですし、魔法のすばらしさをラジア王子にお見せしたいです!」


 ざわっ、と、貴族達が反応を示した。


 聖女がなぜ、聖女と呼ばれているのか、それを確かめたい貴族は多い。またとない機会だが、今は晩餐会中であり、しかもかなり重要な客を呼んでの晩餐会だ。好奇心と貴族としてのタテマエ。揺れ動く貴族達の心持ちが見えるようだった。


「私だけじゃなく、レトゼイア嬢の腕前も素晴らしいんですよ! レトゼイア嬢、一緒に披露しましょうよ」


 満面の笑みで私に向かって言い放つワカナ。その笑顔がとても黒く濁って見える。


 同時に貴族達の視線にも晒される。私の返答次第で、貴族達も態度を決めるのだろう。どうしてそんなことにばかり巻き込まれるの……。


 仕方なく何か言おうと顔を上げると、隣にいたエドワードが腕で私を制した。


「高橋嬢の魔法の腕は素晴らしいですが、今宵は大切なお客様をお招きしての晩餐会。その腕前を披露していただくのは別の機会にしましょう」


 エドワードが私のことをかばってくれた……? いやまさか。だってエドワードはエヴァリアのことを何とも思っていなかったはず。……きっと婚約者だからだ。公の場所で冷たくする訳にもいかないもんね。


「まぁ。第三王子は婚約者のレトゼイア嬢のことを大切になさっているんですね。心配なさらずともレトゼイア嬢の魔法の腕前は素晴らしいですよ! 私、とっても尊敬しているんです!」


 嘘くさい大袈裟な演技。まるでワカナのいる場所にだけスポットライトが当たっているかのような。舞台上で縦横無尽に駆ける主人公像をそこに感じた。実際、聖女伝説では聖女である彼女が主人公なのだから当たり前と言えば当たり前なんだけど。


「ふふ。面白いじゃあないですか」


 ラジア王子が微笑を浮かべながら言った。エドワードの笑顔が爽やかな王子スマイルだとしたら、ラジアのそれは小悪魔的な誘惑を孕む笑顔だ。いたずらっ子というには大人びているが、大人の余裕というほどでもないこの感じ。ちょっとだけ危険なニオイのするイケメン。そういえば原作でも人気が高かったっけ。目の当たりにすると、その笑顔の威力がとてつもない。


 ……え? いやいや、ラジアはなんて言った?


「余興、というと失礼かもしれませんが、ぜひ聖女様の魔法を拝見したいものです」


 笑顔を浮かべて見ている先は、ワカナではなく私だった。どうして私なの。ワカナを見なさいよ。


「もちろんです! それではお見せしますね!」


 ワカナはそう言うと、ブローチのバラと髪飾りにしていたパールを2つ、テーブルの上に置いた。そして自分は立ち上がり、両手を胸の前で組み合わせ、祈るようなポーズを取った。


 何をするつもりか分からないけれど、授業の時みたく私にだけ被害を与えることもあるかもしれない。バレないようにそっと、私と、ついでにエドワードとラジアの前に、魔力で薄くバリアのようなものを作った。ワカナがやろうとしていることがどんなことなのか、またどんな威力か分からないけれど、まさか怪我はさせないだろうし、大事にならない程度の保険だ。何もなければそれに越したことはないけど、こんなにワカナを疑っているのも少しだけ申し訳なく思う。


「おぉ……!」


 小さなどよめきが貴族達から上がった。ふっと我に返ると、ワカナの前のテーブルに置かれたバラとパールが、ふわふわとまるで空中をダンスしているかのように複雑な動きで漂っている。それは時々虹色の光を振り撒きながら、あっちへふらふら、こっちへふらふらと、大広間を自由に移動する社交ダンスのように貴族達の前を踊って見せた。


 その姿は優雅で美しく、見ている貴族達からは感嘆のため息がもれた。晩餐会用の長いテーブルを行ったり来たりしながら、私の前も無事通り抜け、国王とラジアの方へ向かって行った。いよいよバラとパールは光り輝き始め、誰の目にもフィナーレを迎えることが明らかだった。


 一体、何をするつもり?


 ちらりとワカナを盗み見る。ゆっくりとゆらゆら左右に揺れながら、うっすらと目を開けて頃合いを見計らっているようだ。その鋭さは、狙った獲物は逃さないハンターのよう。なんだかよくないことになる気がする。私はこっそり、自分とエドワードのバリアを解いて、ワカナの周りにクッション性のバリアを張った。


 国王の周りをバラとパールは踊って回る。その美しさにさすがの国王も顔をほころばせている。次はラジアの番―――。


ガタッ!


 大きな音を立てたのは、ワカナだった。バランスを崩して倒れかけたのだろう。……バランスを崩すも何もあったもんじゃないと思うけど、でもそうなんだと思う。何が起きているのかまるでわからない様子で、私の作ったクッション性バリアにもたれかかるワカナ。この表情は本当の本当に驚いている顔。『えっ、なんで』と声に出さず、彼女の口が小さく動いていた。


「ラジア王子!」


 エイシア妃の声でそちらに目を向ける。さっきまでワカナが魔力で操っていたバラとパールが力を失い、落下したのだろう。コーヒーやワインにそれらは勢いよく飛び込んで、真っ白だったテーブルクロスを汚していた。


「大変申し訳ございません。お召し物は汚れておりませんか?」


 エイシア妃が確認の声を上げると、すぐ側で控えていた給仕係が慌ててナプキンを持ってラジアに駆け寄った。


「いや、大丈夫だ。しかし、これは一体……?」


 バリアが役に立ったのだ。バラやパールが落下したカップ周辺は汚れているけれど、ラジアには一滴たりともかかっていない。私は静かにホッと胸を撫でおろした。


 が、それも束の間、説明をしなければならない。国王に許可なく、国王の前でこっそりと魔法を使ったのだ。さて、どう説明しようか……。


「高橋嬢は、魔力切れを起こしてしまったようですね。先程バラのブローチとパールの髪飾りを操っている時も、少しフラついておりましたから。学友の身の安全、及び大切なお客様へ粗相があってはいけませんから、少々対策をさせていただきました。ですが、陛下に許可も得ず、勝手に行動したことは反省しております。どうか寛大なお心でお許しくださいませ」

(ワカナが何かしそうだったから。これは本当にそうなんだけど、勝手に魔法を使ったのはマズかったですよね。すみません……)


 私は立ち上がり、そう述べた後に恭しく完璧なお辞儀をした。お辞儀をしながら、ワカナの周りに作っていたバリアを解いて、イスへと座らせた。


 沈黙が訪れる。耳が痛い。ほんの数秒が永遠に感じられる。悪役令嬢だから誰も助けてくれないのだろうか。どうしよう。


「ふふふふ、ふははははは!!!」


 急に笑い声が響いた。そっと顔を上げると笑っていたのはラジアだった。


「我が聖女様の魔法を見たいと言ったから起きたこと。その学友を心配して立ち回るレトゼイア嬢は細かなところにもよく気がつく、貴族の鏡であるな」


「お褒めの言葉をいただきまして、大変恐縮でございます」


 私はさらに深く頭を垂れた。


「よい。面白いから構わぬ。国王、素晴らしい貴族が臣下にいて、さぞ心強いことだろう」


「レトゼイア家は我が国でも有力な大貴族で、よく国のために尽くしてくれる者達だ。少々独断があったようだが、大切な客人が寛大であるから、我も許そう」


「ありがたきお言葉にございます。今後はこのようなことのないよう努めて参ります」


 ホッとして膝の力が抜けそうだった。よかった。助かった。


「ワカナ嬢は疲れているだろうから部屋でお休みになるとよい。誰か」


 国王が一声かけると執事達がやってきて、ワカナを支えながら部屋を出て行った。そのワカナの恨めしそうな視線たるや……。私は全く何も気がついていないふうを装ってやり過ごした。……後が怖い。


「レトゼイア嬢とは年も近いことだし、互いの国についての会話を交わしたいのだが、この後少し良いだろうか?」


 ラジアの言葉に、貴族が一気に騒めき出した。だけど、国賓なのに私如きが断れるはずもない。


「ええ、もちろんですわ。ただ、わたくしの赴く場所には必ず専属騎士も同行致しますので、そちらの許可もいただきたく存じます」


「構わん」


 ラジアは短く答えた。


「国王陛下、とても素晴らしい晩餐会でした。こんな素晴らしい夜を過ごさせてもらえるとは」


「喜んでいただけで何よりですな。それではそろそろ解散としよう」


 国王はそう言って席を立った。ここに入場したのとは逆の順番で部屋を出て行く。ラジアが振り返り、私に目配せをした。少し意地悪な雰囲気の漂う楽しそうな笑顔。


 ラジアの笑顔とは裏腹に、私の心はずーんと重くなっていった。さっさと帰りたかったのに、この後ラジアに会いに行かなきゃいけないなんて……。


 私は心の中で盛大なため息をつきながら、その姿を見送った。

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