13.かわいそうなユーリック……
「おかえりなさいませ、エドワード第三王子」
城に到着すると、ずらりと並んだ王族に仕える騎士達が私達を迎えた。
「すごい眺めですね」
私の後ろで呑気に観光気分でいるのはレイリーだ。馬車が壊れたなんて嘘は、私とエドワードを同じ馬車に乗せたいだけだったので、レイリーもユーリックも問題なく一緒に入城していた。
「殿下、エイシア妃はどこでお休みでいらっしゃいますか? それから第一王子と第二王子も」
(エドワード、あなたのお母さんとジャックとオリバーに挨拶しなくちゃ)
「……。母のところには案内しよう」
控室に入る前に、何はともあれエイシア妃に挨拶に行かねば。と思って言ったのだけど、エドワードが一瞬嫌そうな顔をした気がする。なんとなくそう思ったけど、エドワードが嫌がることなんて多分ないはずなのに。
エイシア妃はエドワードのお母さんだ。王室での息子の行く末を心配して、大貴族のレトゼイア家と結ばせ、エドワードの地位を確立しようと目論んだ張本人だ。そのエイシアの頭を悩ませた第一王子のジャックと、第二王子のオリバー。正直、聖女物語をプレイした感想としては、この2人が王位継承権の脅威になるとは思えない。ジャックは幼少期に触れた剣に魅了され、騎士としての道を歩むことを決意した。オリバーは魔力の素晴らしさに魅せられて、その力の解明と皆がその恩恵を平等に受けられるようカーディアン家と共に研究に没頭している。私の学園での友達第1号であるルリミエの家だ。
「エイシア妃にご挨拶申し上げます」
案内された部屋で、優雅に寛いでいるエイシア妃は美しかった。若々しく、年齢が全くわからない。華やかで真の強さが伺える佇まいで、私をじっと見つめた。
「エヴァリア嬢、来ていたのね」
「はい。今宵の晩餐会ではウィジャラ王国からの特別なお客様がお見えになるということで、ご招待いただき大変光栄に存じます」
口から勝手にすらすらとそれっぽい言葉が声となって出てくる。めっちゃ便利。現世でとっさに話しかけられた時とかに発動したらすごくありがたいだろう。
「我が息子エドワードの婚約者ですもの、当然のことですわ。……赤いドレス、とても似合ってるわ」
「お褒めの言葉、ありがとうございます。エドワード殿下のマントと合うよう、ドレスを作らせました」
実際に作れと指示したのはイリナだったけど。
「最近、躾のなっていないネズミが入り込んで目障りですが、あなたは堂々としていなさい」
ワカナのことを言っているんだろうか。聖女じゃなくて私の肩を持ってくれるということはとてもありがたい。そういえば原作でも、最初のうちはエヴァリアに味方していてくれた。でもエイシア妃の前でこれ見よがしに聖女のことをいびったせいで見捨てられたんだよね。今回はそんなこと起こさないから、ずっと味方でいてほしい。
「専属騎士も、よい騎士を選びましたね。……もう下がっていいわ」
お辞儀をしてエイシア妃の前から下がった。
貴族たちの控室へと、エドワードと向かう。特に言葉はないけれど、私の歩調に合わせてくれるし、やっぱりできたイケメンってすごい。ちらりと後ろを振り返れば、レイリーとユーリックがちゃんと後ろからついてきてくれている。専属騎士を褒められたのも、鼻が高かった。
「エドワード殿下にご挨拶申し上げます」
控室のドアを開くと、こちらに気づいた貴族達が一斉にエドワード目掛けてやってきた。
私はエドワードに視線だけ送って、その場を離れようかと思ったけど、そうはいかなかった。
「あっ、エヴァリアさーん!」
見なくてもわかる。頭痛がする。後ろにいるレイリーとユーリックが少し緊張したのがわかる。こんな状況で、わざわざ声をかけてくる人物は1人しかいない。
「……ごきげんよう、高橋嬢」
視界に飛び込んできたのは、無邪気な笑顔をたたえているワカナだった。青みがかった白いドレスを身に纏い、さっきまでは他の貴族達に囲まれていたのだろう。
「晩餐会なんて初めてですっごく緊張してたんだけど、エヴァリアさんとエドが居てくれてよかった~!」
屈託のない笑顔で、大きな声で、ワカナはそう言った。エヴァリアのことは名前で呼び、エドワードのことは愛称で呼んだ。さっきまで遠巻きに見ているだけだった貴族たちの、爛々とした視線が刺さる。好奇心と値踏みするような卑しさの混じった視線。笑顔を貼り付けてはいるけれど、その下ではどんな思惑が渦巻いているのか、ちっともわからない。噂好きの貴族達にとってこんなにおいしいネタはないだろう。
「あっ、ごめんなさい。人前ではエドって呼んじゃいけなかったんでしたっけ」
慌てたフリで、エドワードに確認を取る。エドワードは王子スマイルを崩さないけれど、どこかトゲトゲした空気になった気がした。
「高橋嬢、学友とは言え、今宵は私のことを『エドワード』もしくは『第三王子』と呼んでおくれ。隣国の大切なお客様を迎える日だからね」
「いけない、私ったら……。ごめんなさい」
しおらしく謝るワカナに同情する様子の貴族達。
「それと、私の薔薇のことも名前ではなく家名で呼んでほしい。聞くところによると、まだそんなに親交があるわけではないそうじゃないか」
エドワードがエヴァリアのことを庇ってくれるなんて、一体どういう風の吹き回し?
「ごめんなさい、エヴァ……あっ、レトゼイアさん」
わざとらしいワカナの言い間違いが鼻につく。聖女物語でも、エヴァリアはこんな気分だったんだろうか? いや、エヴァリアはエドワードのことが大好きな設定だったから、こんな生易しい気持ちなんかじゃないか。
「誰にでも間違いというのはありますわ。高橋嬢はこちらの世界へ来て、まだ日が浅いですから、こちらの世界の礼儀作法ができなくても仕方ありませんわ」
(物語のヒロインだから仕方ないけど、それでもエヴァリアの中身が私でよかったよ。本当はここはひどくいじめられるシーンだったから)
原作通りであれば、エドワードは聖女のエスコートをしていて、エヴァリアと一緒ではなかった。だからエヴァリアはエイシア妃に挨拶することもできずに、ユーリックとこの控室にやってくる。そこでエドワードと聖女が貴族たちに囲まれ、ちやほやされているのを目の当たりにする。エヴァリアは怒って聖女を罵倒し、それから手元にあったウェルカムドリンク的な飲み物を聖女に浴びせて、控室から退場させるのだった。
エヴァリアの気持ちはわかるけど、私はその再現をするつもりはない。平穏無事に学園生活をやり過ごし、長生きするのが目標なのだから。
「……ごめんなさい、本当に反省しているわ。あの、これ飲んでリラックスして?」
聖女であるワカナ張本人が、私が避けるべきアイテムを手に持って、こちらに向かってこようとしている。どうしてそう余計なことをするかな。私はなるべく関わりたくないのに、ワカナの方が積極的にエヴァリアと接触しようとする。それも平和的にではなく、エヴァリア本来の役割、つまり悪役令嬢をさせようとしての接触に感じる。
「あっ……」
案の定だった。目の前の出来事がスローモーションに見える。ワカナがバランスを崩して、持っていたグラスがエヴァリア目掛けて飛んでくる。このままだとドレスが汚れてしまう。大切な来賓をもてなす晩餐会でシミのついたドレスで出席する訳にはいかないから、帰るようかな。でもダルいなって思ってたから、これはこれでいいのかな。
走馬灯のように色々なことを考えていると、ぐいっと後ろに身体が倒れた。と同時に、後ろからサッと飛び出した影。
どちらも一瞬のことだった。
「……!?」
びっくりしていると、レイリーに抱き留められていた。身体が後ろに倒れたのは、レイリーが私のことを引いたからだった。そして目の前で飲み物をかぶったのは、ユーリックだった。ワインのような色の濃い飲み物が、ユーリックの着ている専属騎士の制服を汚した。
「……バカね、そんなに飲みたかったの」
(ユーリック、どうして)
ああ、どうしてエヴァリアの口からは悪口みたいな言葉しか出てこないのだろう。でも身体は素直に動いてくれるから、私は慌ててハンカチを取り出してユーリックがかぶった飲み物を拭こうとした。
「お嬢様が汚れてしまいます。私は大丈夫ですから」
ユーリックはやめるよう言うけど、私はやめない。ひどいじゃない。私、エヴァリアがワカナに何かした? かわいそうなユーリック。私の専属騎士になったばっかりに、こんなことになって。
「ご、ごめんなさい。バランスが崩れて……。こんなはずじゃ」
ワカナがあたふたとユーリックに縋ろうとするので、ついカッとなった。
「
(いい加減にしてよ。私が何したっていうのよ。なるべく関わりたくないって言うのに)
すると貴族達は「やっぱり外でも」「あの無礼な振る舞い、いくら聖女様でもねぇ」「先程も礼儀を知らないようでしたわ」「おかわいそうに」「クスクス」とやり出した。どっちの味方に付くか決めたらしい。
「エドワード殿下。
(エドワード、このままじゃかわいそうだから着替えをユーリックに貸してもらえないかな)
「もちろんだ。そこの君、着替えと部屋を用意するように」
「かしこまりました」
「お嬢様、私は」
「お黙り。そんな格好で恥ずかしいわ。早く着替えてきなさい」
(いいから、行ってきて)
何か言おうとしているユーリックを遮って、エドワードが呼び止めた執事に任せた。
「準備が整いましたので、こちらへお入りください」
ガチャリと扉が開いて、晩餐会会場へと促された。ユーリックがいないけれど、レイリーが居るし、多分大丈夫だよね。それに晩餐会だから、それぞれに割り当てられた席で食事をするだけだし。
騒ぎがうやむやになったまま、足を運んだ。
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