12.イケメンパワーに圧倒されそう……

「やあ、今宵も私の薔薇は美しく咲き誇っているね」


 エドワードは今日もエドワードだった。このセリフ、確か聖女に対して言うセリフだった気がするんだけどな。どうしてエドワードは、まだ私に対して前と変わらない……、というか、前よりも親密そうな言葉をかけてくるんだろう。今日の晩餐会だって、エヴァリアは専属騎士達と行くのがシナリオだったのに。


「ごきげんよう」

(なんでここにいるのよ……)


「今宵は特別な晩餐会だからね。私の薔薇をエスコートできるのは私しかいないだろう?」


 王子スマイル全開で爽やかに微笑んでいる。その影響をモロに受けて、私の後ろにいるメイが今にも倒れてしまいそうだ。


わたくしよりも、何もわからない聖女様のおそばにいるべきではありませんこと?」

(ワカナのところに行かなくていいの?)


「私の美しい薔薇は、気遣いのできる美しい心の持ち主だね。そんな婚約者を誇らしく思うよ」


 イケメンパワーは凄まじい。今までエヴァリアに冷たかったくせに。笑顔自体に魔法がかかっているみたいだ。だいぶ慣れて来たとは言え、山田ハナコ時代はこんなイケメンに微笑まれることがなかったから、眺め続けているのはつらい。毒だ。


 イリナに目で合図をして、お茶を用意してもらった。晩餐会まではまだ時間があるのだ。エドワードが来なければもっとゆっくりしようと思っていたのに、そういう訳にもいかない。


「招待状もなしに我が家へ訪れて、殿下はもう、レトゼイア家の当主のようですわね」

(なんでエヴァリアと一緒に行くことにしたの?)


「私の薔薇に認めてもらえているなんて、本当に光栄だよ」


 王子スマイルを崩さないエドワード。疲れたりしないんだろうか。これから晩餐会もあるって言うのに。


「既に知っていることと思うが、今宵の晩餐会はウィジャラ王国のラジア王子のためのものだ。なんでも王子は我らが通う学園へ留学希望とのことで、その話もきっとされることだろう」


 エドワードが今日の晩餐会の説明をしてくれる。


「存じております」

(うん、わかるよ)


「十中八九、学び舎を共にする学友となることだろう。上手く打ち解けることができるといいのだが……」


 なぜかそこでエドワードは言い淀んだ。心配なことがあるような素振りだ。


「ウィジャラ王国の王子と共に学べるだなんて、とても貴重なことですわ」

(学校に行くのがますます憂鬱になるよ……)


 私はどんよりとした気持ちで答えた。今夜も今夜で面倒だけれど、今後のことを考えると気分が滅入る。聖女であるワカナの相手だけでも大変だって言うのに、ラジア王子も加わるなんて。しかも、選択肢を間違えば戦争に突入してしまうという爆弾だ。大変なことは目に見えていた。


 せめて少しでも、立ち向かわなくちゃいけない現実から目を背けたかった。


「殿下、わたくしは専属騎士の2人と一緒に参り」


「あぁ、お嬢様。ちょっと馬車の車輪の具合が、急におかしくなってしまったらしくって。このままだと時間通りに晩餐会に行けそうにないんです」


 私の言葉を遮って、レイリーが突然会話に割って入った。


「……エドワード殿下の馬車に乗って向かわれた方が賢明かと思います」


 ユーリックまで。2人で結託して、私をエドワードと一緒に向かわせようとしている。


 キッと睨むと、レイリーがウインクしている。『ナイスでしょ』みたいな顔しないでほしい。全然ナイスじゃない。


「まぁ、そうでしたの。それでは仕方ありませんね」

(2人とも、覚えてなさいよ……)


「さぁ、それでは晩餐会へ向かうとしよう」



―――――



 対面で馬車に乗って、まじまじとエドワードの顔を眺める。自信に満ちて、輝いて見える。黄金の刺繍が施された、王族だけに着用の許された赤マントが高貴さを演出している。何か話していないと息が詰まりそうだ。


「ウィジャラ王国のラジア王子はどんな方ですの?」

(ウィジャラの話でも振っておくかな……)


「気になるかい?」


 そう微笑んでこちらを眺めているエドワード。こちとらイケメン王子スマイルはもうお腹いっぱいなんですよ……。


「この時期に留学だなんて。狙いは聖女だろうね」


 少しため息まじりにエドワードは言った。それをわかってて、どうして私のエスコートなんかしてるのよ……。


「聖女がいるだけで、国の繁栄が約束されるらしい」


 自嘲気味に微笑みながら言った。その声色には軽蔑のようなものが含まれていた。


「聖女がいるからと、それだけで国の全てがよくなるなんてことはあり得ない。そんなものは幻想だ」


 半ば自分に言い聞かせるようにエドワードは呟いた。


「……あぁ、すまない。こんなことを聞かせるべきではなかったな」


「お気になさらず。婚約者として殿下を支えることがわたくしの仕事ですから」

(大丈夫だけど、エドワードも色々考えてるんだなぁ)


 ゲームのキャラクターから、1人の人間が浮かび上がったみたいだった。聖女を中心に都合よく進んでいく物語の登場人物に過ぎなかったのに、今目の前にいるエドワードは悩み、考え、生きている。ごく当たり前のことなのに。


「それよりも、ウィジャラ王国は聖女を頼る以外に方法はないのでしょうか。それこそ、王族の手腕が試される時だと思いますけど」

(聖女がどうとかじゃなく、他の解決方法を探した方が良いと思う)


「そなたからそんな言葉が聞けるとは」


 驚いたようにエドワードが言った。だけどそれ、エヴァリアに対して失礼じゃない?


「いや、これは失礼。……確かに聖女に頼る以外の解決策をウィジャラ王国へと提示できれば、可能性はありそうだ。そのためにはラジア王子と親交を深める必要があるな」


 エドワードは慌てて言葉を続けた。エヴァリアに対して冷たかったのは、エヴァリアのことを愚かだと見下していたからなんだろうか。


「ありがとう。そなたのおかげで道が開けそうだ。感謝する」


 エドワードが私の手をとり、手の甲へとキスをした。その流れるような動作があまりにも綺麗で。見惚れたら負けだと直感した私は扇子で口元を隠し、馬車の外へと目を向けた。


 外は藍色の帳が降りて来て、ぼんやりとした輪郭だけで世界が表されている。家々から漏れる明かりが、人々の生活を物語っている。物語には描かれなかった人々も、ここにこうして生きている。


 もし、万が一、戦争になってしまった場合、今この視界に映る世界の人々はみんな死んでしまうのだろう。誰も悪くないのに。ただ必死に生きていただけなのに。王族たちの力が至らないから、そもそも聖女なんて現れなければ、もっと別の道があったのかもしれない。


 エドワードはそのことをに立ち向かおうとしている。


 私はこの世界が物語の世界だと知って、この先に待ち受けていることも知っていて、それでもまだ見てみぬフリをしようとしている。


 なんだか責められているような気になる。だけど、一体誰に? このことはこの世界の誰も知らないことなのに。


「私の薔薇は、なんだか不思議な人だな」


 どこか他人事のようにエドワードが言った。私はエドワードには目もくれず、馬車の外をひたすらに眺め続けた。

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