11.気合いの入り方が尋常じゃない……
「どうして行かなくちゃいけないんですの?」
(行かなくちゃだめ?)
「お嬢様、またそのようなことを……。隣国のウィジャラ王国の方々がお見えになるんですよ。こんな名誉なことはありませんよ」
イリナは今日何度目か分からない溜め息を、盛大について言った。
エヴァリアの15歳の誕生日ばりに、バッキバキにキメッキメの気合いの入った準備が、今朝早くからずっと行われている。いや、2週間くらい前から、髪のパックだエステだなんだとお肌のお手入れも普段よりずっと手をかけてやってきていた。
こんなに一生懸命着飾ったところで、エヴァリアは聖女のお飾りになってしまうのだからやらなくていいのに。
このイベントは、聖女伝説でもこの先のルートを分ける大事なシーンだった。
ウィジャラ王国はイグラント王国の東に位置していて、ウィジャラ人は浅黒い肌とゆったりとした洋服が特徴のなんともアラビアンな雰囲気の国だ。そのウィジャラ王国の王子が、私達が通っている学園に留学しに来る、というのが主な話なんだけど。
実はこれは建前で、天災から免れたり、豊穣をもたらすことのできると言われている聖女を自国へ連れて帰るための、ウィジャラ王国の作戦なのだ。うまく立ち回らなければ、物語はバッドエンドへ進み、ウィジャラ王国と全面戦争に突入してしまう。イグラント王国は聖女のおかげでなんとか勝利を収めることができるが、その被害はあまりにも大きい。ウィジャラ王国の民や今日来ることになっているラジア王子、誰が悪い訳でもないのにただただ聖女1人のために命を落としてしまうというのはあまりにも可哀想だ。
だからと言って、悪役令嬢であるエヴァリアに何ができるというのだろう。このシーンでのエヴァリアの役回りは、ラジア王子とその従者たちを接待する晩餐会で、聖女を貶めるというものだ。その前後にも晩餐会用のドレスを切り刻んだり、アクセサリーを隠したり、色々と悪役っぽいことをして、聖女に恥をかかせようとする。その過程で、ラジア王子と接点が生まれたりするわけだけど、私はそんなことはしたくなかった。
かといって、戦争になってしまうのも困ってしまう。平穏に無事に生きる人生を歩みたいという未来に、戦争はあってはいけないイベントなのだ。
聖女であるワカナが、今日の晩餐会でどう出るのかも気になる。
カフェで会って以来、……というか初めて会った時から?、あれやこれやとエヴァリアに突っかかってくる言動や行動はなんなのだろう。エドワードと親しげに話してみたり、取り巻きの令嬢達を使って嫌味や皮肉を言ってきたり、エヴァリアが目立つようにわざとらしい演技をしたり。何か恨まれることでもしたのかなと考えてみるものの、大した接点もなく、どころか関わらないように避けているのにこの状況だ。なぜワカナがそんな態度や行動に移るのかまるでわからないけれど、今夜の晩餐会だって何か起こる予感がする。
エドワードに、ラジア王子に、こちらにはユーリックも同席するし、何かするなら格好の舞台だろう。
それを考えただけで憂鬱で、今から帰りたくなってくる。まだ家の中、それもくつろげる自分の部屋にいるのに。
はぁぁぁぁ……。
「どうしたんですか、豪華で特別な晩餐会だっていうのにそんな盛大にため息をついて」
レイリーが隣に来てそう言った。
「大切な国賓がいらっしゃるというのに、こちらは躾のできていない動物と同席しなくてはならないんですのよ。これが憂えずにいられますか」
(ラジア王子の前で、ワカナとバトルとかしたくないけど、向こうから仕掛けてきそうで怖いんだよぉ……)
「まぁ確かに、あの聖女様と同席はちと疲れるかもしれませんが。食事やウィジャラ王国の土産話なんかを楽しみにしましょうや。大丈夫です。お嬢様は完璧ですから。何かあったとしても、俺もユーリックも側についてますから大丈夫ですよ、安心してください」
レイリーはそう言って慰めてくれた。優しい声色に、大人の余裕を感じた。味方がいるんだって分かっただけで、安心して大丈夫な気がしてくる。……私だって、山田ハナコから数えればそれなりの年齢になるはずなんだけど、この違いはなんなんだろう。
「心配や不安ではございませんわ。
(ありがとう、それだけで心強いよ……)
「はっはっは。お嬢様はお強い人です。専属騎士を2人も選べる特別なお方です。どこまでもついて行きますよ」
レイリーの言葉に、じんわりと胸が熱くなる。こんな、悪役令嬢みたいなことしか言えないのに、信じてくれる人がいるのは本当に嬉しい。それにレイリーの後ろ、壁際で待つユーリックが、レイリーのその言葉に大きく頷いたのも嬉しかった。ユーリックにとってのエヴァリアの印象が、少なくとも原作よりはマシになっているのがわかったから。
「おしゃべりもいいですけど、支度が終わってないので集中してください!」
メイがちょっとふてくされたように言った。
「はいはい、お嬢様とおしゃべりし始まったわたしが悪ぅござんした」
レイリーがふざけたように言った。今日は特別な、いつもとは違う日になる予定なのに、こうやっていつも通りの空間があることに、ちょっと感動した。
「ウィジャラ王国の男性はイグラント王国の男性よりも野性的で、男性の魅力たっぷりだって言うじゃありませんか……!」
気を取り直したように、瞳をキラキラと輝かせてメイが言った。どうやら、メイの白馬の王子サマ病が発症したらしい。いつか素敵な男性と結婚することをずっと夢見ているのだ。
「会ったこともないのに、どうしてわかるんだ?」
「本屋で見かけたんです!」
メイはその本で見たことを、興奮気味にしゃべりまくった。情熱的な人が多い、少年のような心を持っている、時々見せる笑顔がキュート……。あの、それって誰にでも当てはまるんじゃないかなぁ。
「メイ、あなたこそ手がおろそかになってるわよ」
「……! ごめんなさい……」
イリナにぴしゃりと言われてうなだれたメイ。ここまでがお馴染みの流れだ。
髪飾りに、イヤリングに、ネックレスに、ずっしりとした重さを感じる。華やかな緋色のドレスに、丁寧に巻かれたブロンドの髪、ダイヤモンドと自分の魔石を身に着けているので、かなりキラキラしているだろう。香りの良い香水も、皺ひとつない白い手袋も、全てが完璧に整えられた。
「お嬢様の大好きなケーキを焼いて待ってますから」
イリナはいつもそう言って送り出してくれる。私がいつまでもケーキに釣られると思わないでほしいけど、それはイリナなりの気遣いと優しさなんだと思う。
「お嬢様、失礼します、エドワード様がお見えになりました」
慌てた様子で入ってきたメイドが、私にそう告げた。
「……そんな約束はしていないのだけど」
(えっ? なんで?)
どうしてエドワードが迎えに来たのだろう。原作では聖女を迎えに行っているはずなのに、おかしい。
「お嬢様はエドワード様の婚約者ですから、当然じゃないですか!」
メイがまたウキウキとした様子で言った。メイが迎えに来てもらったわけじゃないのに、どうしてそんなに嬉しそうなんだろう。
気が重い。でももうすぐ身支度が終わってしまう。そうしたらエドワードと一緒に晩餐会へ向かわなくちゃいけない。
はぁぁぁぁ……。
今日何回目か分からない盛大な溜め息をついて、私は重い腰を上げた。
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