10.こんなに使っていいなんて……

「エヴァリア様、この男と関わってはいけません!」


 マシューが怒ったような、険しい顔つきで鋭く言った。


 私だって関わりたくない。絡んできたのは向こうなのに、なんて理不尽な……。


「おぉ、商会の3代目か。お嬢さんは色んな人と繋がってるんだねぇ」


 レオンはニヤニヤしながら、私とマシューを交互に見ている。


「仲良きことは美しきかな、ってね。そんな怖い顔しなくたっていいじゃんか。傷つくわ〜」


「何をふざけたことを」


「まあまあ、そう怒りなさんなって。俺はもう行くから」


 レオンはそう言うと、手をひらひらと振って路地へと姿を消した。なんともあっさりいなくなったので、私達はぽかんとその消えた路地を見つめるハメになった。


「……とにかく」


 我に返ったマシューが言った。


「エヴァリア様、お怪我などはございませんか?」


わたくしには専属騎士が2人もおりますから。騒ぎを大きくしたのはあなたじゃなくて?」

(大丈夫です、私にはレイリーもユーリックもいますから)


「それは大変失礼を致しました。あの者はこの街の影といいますか、危険な仕事を生業にしている者なのです。まさかエヴァリア様と接触するなんて思ってもいませんでしたので……」


「それが一体、あなたとなんの関わりがあるんですの? あなたに助けていただくほど、わたくし達の間柄は親密なものでしたでしょうか?」

(それは知ってるんだけど、なんでマシューが心配してくれたんだろう……)


「……エヴァリア様は大貴族レトゼイア家のご息女であらせられます。万が一のことがあったら、と、不安の芽を摘みたくなるのが仕える者の心なのです」


 レトゼイアが大貴族だから、食いっぱぐれないように心配に思って当然だ、ということかな。レトゼイア家専属の商会でもないのに。綺麗な言葉で誤魔化された気がするけど、ここは一応お礼くらい言った方がいいのかもしれない。


「そう。将来有望なルクブルグ商会の3代目に気にかけていただけるなんて、光栄ですわ」

(商会の仕事もあって忙しいだろうに、ありがとう)


「もしまた次にあの男を見かけた時には、問答無用で捕まえることをお勧め致します。できることなら、接点など持たない方が本当に良いのですが」


 悔やんでいるような、困っているような、不思議な表情をしながらマシューが言った。


 マシューとレオンは一体どんな関係なんだろう。ゲーム内では、同じ街で商いをしているということと、聖女に好意を抱いていることが共通点だった。2人の間に、もっと深い事情や関係があったことは原作では明らかにされていない。


 でも今目の前にいるマシューを見る限り、2人の間には商売人というだけではない共通点というか接点がありそうな感じがする。エヴァリアを心配していることも、不思議と言えば不思議だけど。


 気にはなるけれど、考えてもどうしようもないような気もする。レオンとマシューがどんな関係だとしても、エヴァリアがどうにかできる問題とも思えないから。それに私は他の人の手助けをしている場合じゃない。聖女をいかにうまくかわすかを考えないと、私の人生はお先真っ暗だ。


「ご忠告感謝致しますわ」

(わかったよ)


 私がそう答えると、いくらかホッとしたような顔つきになったマシュー。


「騒ぎ立ててしまったお詫びに、私から贈り物をすることをお許しいただけますか?」


「好きになさい」

(え? なんでそうなるの?)


「ありがとうございます。本当はこのまま、エヴァリア様をティータイムにご招待したいのですが、商談が立て込んでおりまして」


 深々とお辞儀をするマシュー。可愛らしい見た目に反して、完璧な所作には威厳すら漂う。エヴァリアと少ししか違わないのに、3代目として商会を切り盛りしているのだからそれも当然のことなのかもしれない。


「3代目からの贈り物がどんなものなのか、期待しておりますわ」

(気にしなくていいのに。商談、頑張ってね)


 マシューはもう一度深くお辞儀をすると、足早に去って行った。


 その後ろ姿を見送ると、ようやく一息つけた気がした。


「はぁ……。次から次へと、今日はなんて日ですの……」

(もう疲れちゃったよ……)


「お嬢様の気分転換になったらいいなという気持ちからだったのですが……申し訳ありません」


 イリナが静かに言った。いや、そういうつもりじゃないんだけど。イリナのことも、メイのことも責めるつもりはさらさらないのに『お嬢様』という立場は強すぎる。


「そんな謝罪はいらないわ」……お金を使って、鬱憤を晴らしましょう」

(謝らないでよ。気にしてないから)


「お嬢様、お疲れでしたらご無理なさらず、お屋敷へ戻りましょうか?」


 レイリーが少し心配したように言った。確かに疲れたし、家に帰ってふかふかベッドでゴロゴロするのもいいかもしれない。レイリーもユーリックも、疲れているだろうし。


 でも、このモヤモヤを抱えたまま帰りたくはなかった。エドワードに対してのモヤモヤ、ワカナに対してのモヤモヤ、レオンに対してのモヤモヤ、マシューに対してのモヤモヤ。


 どうやったらこのモヤモヤが晴れるか。


「イリナ、今日はあといくら使える?」

(今いくら持ってるのかな)


「レトゼイアだと申せば、いくらでも大丈夫です。旦那様からもそのように申し付けられてますので」


 つまり、いくら散在しても構わないということだ。このスケールの違いというか、規格外な感じに面食らう。あんなブラック企業であくせく働いていた山田ハナコが可哀相でならない。


 その分、このエヴァリアになったからには贅沢を楽しませてもらおう。今日は大変なことが多かったし、そのくらいは許されるはずだ。


「付き合いなさい」


 3人を従えて、最初は武器屋に足を運んだ。せっかくイケメンの専属騎士を連れているのだから、2人のために剣をプレゼントしようと思ったのだ。


わたくしは剣のことはまるでわかりませんの。最上級の、あなた達が持つにふさわしい剣を選びなさい」

(私は剣のことわからないから、良いと思うものを選んでよ)


「と、とんでもありません。旦那様から頂いた剣でも身に余るものですから」


「私達は専属騎士ですので、贅沢は言いません」


「あなた達が選ばないというなら、この店ごと買うけどよろしくて?」

(ここにあるもの全部買うけど、いい?)


 私がそう言うと2人は顔を見合わせ、真面目に剣を選び始めた。専属騎士になった時に、その家の家長から剣を与えられるのみで、滅多なことでは新調したりしない。それだけ危険がなく、剣を使う機会が少ないということでもあるけれど。


「決まったかしら?」


 レイリーは黒い鞘に黒い刀身の剣を、ユーリックは鈍くシルバーに光る細身の剣をそれぞれ持ち上げた。


「あなた達にはこれからも、しっかりと働いてもらいますから」

(日頃のプレゼントだから、気にしないでね)


「ありがとうございます。お嬢様は他のご令嬢と比べるまでもなく、大変お優しい方です」


「ありがとうございます。日々の鍛錬に励みます」


 ちょっとふざけたように言うレイリーと、かしこまったように身を引き締めて言うユーリック。真逆の2人だけど、この感じもだいぶ慣れて来た。


 それから、イリナとメイのために宝飾店とお菓子屋を回って、馬車3台分の買い物をした。こんなに簡単にモノが買えてしまって、ちょっと怖いぐらいだった。


 イリナはさっきから仏頂面で馬車に揺られているけど、きっと内心では喜んでくれてるはずだ。いつもエヴァリアの世話をしてくれてるんだもの、それくらい貰ったってバチは当たらないのに、真面目なんだから。


 帰ってからのメイの姿を想像して、私は1人微笑んだ。


 あっちこっちと忙しい休日だったけど、終わりよければ全てよし。心地よい疲労感に変わった疲れを感じながら、私はうとうとと眠りについた。

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