7.休みだからゴロゴロしたいのに……

「お嬢様、いつまで眠ってらっしゃるんですかっ」


 メイがそう言って私を起こす傍ら、イリナは無情にもカーテンを開け放って室内に陽の光を取り込んだ。キラキラとした太陽光で部屋中が満ちていく。……私はまだ寝ていたいのに。


「……久しぶりの休日ですもの、わたくしがどう過ごそうと勝手じゃなくて?」

(今日は休みなんだからもうちょっと寝かせてよぉ……)


「今日はお天気も良いですし、ショッピングで気分転換なんていかがです? 毎日同じデザインの洋服を着るのが嫌だと言っていたじゃありませんか。休日の今日がファッションを楽しむチャンスですよ!」


 メイが元気よく私に話しかけながら、布団をめくり、私をベッドから起こして身支度を手伝い始めた。私がエヴァリアに転生した最初に見たメイと、同一人物とはまるで思えない。今では物怖じしない図々しさを覚えて、テキパキと仕事をしてくれる。


 使用人に怖がられていては、エヴァリアという人間のイメージが悪くなるし、何より怯えながら接されることに嫌気が差していた私は、あれやこれやの方法でメイや他の使用人と距離を縮めた。メイを始め、他の使用人達も私のことを快く思ってよくしてくれるようになった。


 先日のお茶会がいい例だ。これまでの、聖女伝説通りのエヴァリアでいたなら、あんなことはまずあり得なかっただろう。努力がきちんと実って、エヴァリアである私の生活が改善したことはとても嬉しい。


 嬉しいけれど。今日のこのメイの行動までは望んでいない。


 山田ハナコだった頃、ブラック企業で働き詰めだった私は休日と言えば睡眠に全てを当てて、現実から逃避するのが常だった。身体もボロボロで、頭も正常な判断ができていなかったし、睡眠という休息以外に何もする気が起きなかったのだ。


「今日はうんとおめかししましょうね!」


 張り切っているメイの声を聞きながら、私の意識に反して軽やかな体とスッキリした頭をちょっと恨めしく思う。だらだらしたいのに、身体も頭も元気一杯なエヴァリア。メイとイリナがエヴァリアを着飾り始める。


 学校というくらいなので特別な時を除いて、制服着用・魔石以外のアクセサリーは原則禁止というルールがあった。貴族のみで構成された学園とは言え、やはり階級や出自によっては格差がある。平等というのが一応建前の学園なので、そういったところを見えなくしようとしたのだろう。現代のようにルールを守らない者や、着崩したりする者は1人もいなかったけれど、どこの誰か、家は、階級は、なんてことは公然の事実だから、それによってカーストのようなものはあったけれど。


「お嬢様、どちらのアクセサリーになさいますか?」


 イリナが手にしているのは、まるで舞踏会にでもつけるような大ぶりのピアスとネックレス、揃いのブローチが収められているジュエリーボックスだった。


「魔石で良いわ。それに合うようにして頂戴」

(ただの買い物にそんなのつけていけないでしょ……)


「それじゃあいつもと同じじゃありませんか! 今日くらいは別の物をお選びになってはどうですか?」


 メイが横から口を挟んだ。


「魔石というのは手にしたその時から、主であるわたくしと一緒にあるのが本来の姿よ。なんでもかんでも身に付ければいい訳ではないわ。『本物』をきちんと身に纏ってこそ、レトゼイアというものです」

(勘弁してよ。こんなんつけて歩いたら成金みたいじゃん。……それが貴族なのかもしれないけど、なるべくシンプルにしてほしい……)


「さ、さすがお嬢様ですわ。差し出がましいことを申しました。お許しください」


 メイが感激したように言って、しおらしく謝った。


「いいわ。ただし、今日はイリナと行くわ」

(メイと行くといちいち大変だからイリナと一緒に行こう……)


「かしこまりました」


「はい……。楽しんできてくださいね!」


「もちろんよ。お土産は期待してて」

(そんな寂しそうな顔しないでよ……。お菓子でも買ってくるから)


コンコン。


 メイが扉を開けると、レイリーとユーリックが立っていた。


「おはようございます。随分のんびりした出発ですね、お嬢様」


「馬車の準備はできています」


 朝イチでイリナかメイが頼んだのだろう。最初から買い物に行かせる気満々だったわけか。


「しっかし、こりゃまた豪華な装いですな」


 レイリーが私の姿をしげしげと見つめている。なるべく地味な色を選んだつもりだけど、それでも細部の装飾や、散りばめられている宝飾で、私がどこの誰だか一目でわかるような仕上がりだ。この世界では普通のことなのかもしれないけれど、見世物になったみたいであんまり好きじゃないのに。


「こっち、こっちの青とか赤とか、ハッキリした色の方がお嬢様は似合いそうなのに」


 ズラリと並んだドレスを物色しながらレイリーが言った。


「茶色って。なにも俺たちの制服に合わせなくてもいいんですよ? なぁ、ユーリック」


 そう言えば専属騎士の普段の制服は茶色を基調とした装いだった。合わせたわけではないんだけどな。


「……お嬢様でしたら、どんな装いでも完璧に着こなせるので、私達のことはお気になさらずいいんですよ」


「そうだったんですね……。私ったら、お嬢様の意図に全然気が付けなくて申し訳ありません」


 いや、だからたまたまなんだけどな。勝手に話している面々を前にどうしようかと思うけど、今更着替えろと言われてはたまったもんじゃない。


「いいから、そろそろ行きましょう」

(と、とりあえず、家を出ましょう……)


「いってらっしゃいませ!」



―――――



「学園生活はいかがですか?」


「レイリー、あなたはそれしか言えないのかしら」

(レイリーはそればっかり聞くね……)


「みんな口にしないだけで、お嬢様のことを心配してるんですよ。ご友人はできたか、マナーは完璧でしょうけれど授業はどうなんだろうとか、色々と。なぁ、ユーリック」


「……お嬢様は完璧な方なので、心配する方がおかしいんでしょうけど」


「過保護ね。何もないわ。あんな退屈なところに毎日行かなくちゃいけないことが苦痛よ」

(ちょっと過保護じゃない? そんなに問題起こしそうかな)


「またそんなこと言って。この前、ご令嬢達とのお茶会、楽しそうだったじゃありませんか」


「ルリミエ・カーディアン様と、リーチェ・アテロス様がいらっしゃった時ですね。あの時は喜んでいつもより多くのケーキを召し上がりましたね」


「……普段よりも楽し気だったとは思います」


わたくしには、友人なんて必要ないですわ」

(本当はルリミエだけ誘いたかったのにさ)


「いいんですよ、照れなくたって。俺らはエヴァリアお嬢様がエドワード様以外のことに関心を向けていることが嬉しいんですから」


「……聖女様ではなく、婚約者であるお嬢様にもっと気にかけていただきたいですね」


「嫌なことがあれば、私イリナがお菓子をたくさん作って差し上げますからね」


「こんなに気遣われているなんて、わたくしは病人か、それでなければ異端児なのかしら」

(ちょ、大袈裟過ぎない? みんなそんなにエヴァリアのことが好きだったっけ?)


「お嬢様は俺とユーリックが、一生仕えさせてもらう大切なお方です。できるだけ健やかで幸せな人生を歩んでほしいと思うのは当然のことです」


「使用人達もみな、エヴァリアお嬢様のことを大切に思っています」


「その割に、休息を取りたいと言ったわたくしの言葉は無視なのね」

(少なくとも原作のように、使用人からも嫌われるっていうのは回避できたかな、嬉しい)


「……それさえもお嬢様を思ってのことでしょう。悪気があって、そうしている訳ではありません」


「あ、街に入ったようですね。どこに行かれますか?」


「……チョコレートケーキが美味しいというカフェがあると聞きました」

(朝ご飯食べてないし、ケーキが美味しいって噂のカフェとかどう?)


「お嬢様らしいですね」


「あー、他のご令嬢方が噂していたとこですね」


「……そこの角を曲がった先のカフェに向かってくれ」

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