6.やばい、名前覚えられないかも……
「おかえ、……りなさいませ……」
レトゼイア家の馬車の前で待機していたユーリックは、一瞬間言葉に詰まっていた。
「こちらがレトゼイアさんの専属騎士ですね。お2人だというのは本当なんですね」
「美しい馬車ですわね……。煌びやかで、レトゼイアさんの美しさを表現しているようですわ」
「私もレトゼイアさんに魔力のコントロール法を教えていただきたいですわ」
ワカナ一派と言い争っていた貴族派の軍団が、私の周りを取り囲んでああだこうだと口々に喋っていたのだ。いつもは1人で静かに馬車置場へと来るのに、今日は騒々しい。
ユーリックの仏頂面が、いつにも増して冷ややかな気がする。レイリーはニヤニヤと私を見ていた。
「お嬢様、今日は賑やかなお帰りですね」
レイリーが私にそう言った。
「今日はルリミエと一緒にお茶を楽しむの。レイリー、先に帰ってイリナにそう伝えてくれるかしら?」
(こっちは早く帰ってルリミエとケーキを食べたいのよ……)
私がそう言うとレイリーは大袈裟に驚いてみせた。
「えぇ? お嬢様方、全員でお茶を召し上がるんじゃないんですか?」
「
(勘弁してよぉ、ルリミエとだけでいいよぉ……)
「それじゃあ、今誘ってみたらいいんじゃないですか? せっかくここまで一緒に来られたんですし」
レイリーの言葉を聞いて、背後の視線が一層熱くなった。期待と好奇心のこもった視線が背中に刺さる。ルリミエと仲良くなる作戦だったのに。
はぁ……。
「そうですわね。せっかくですから皆さんも一緒にティータイムはいかがかしら」
(誘えばいいんでしょ、誘えば)
「まぁ、よろしいんですの?」
「嬉しいですわ、ぜひご一緒させてください」
「とってもワクワクしますわね」
待ってましたと言わんばかりに飛びつくご令嬢方。ルリミエ以外は、残念ながら名前と顔が一致していない。お茶の席でみんなに自己紹介をしてもらおう。
聖女伝説での主要なキャラクターは主に男の子だったから、女の子のキャラクターはモブとして扱われていた。書記官の娘、とか、商才のある家門の娘、みたいな肩書きを背負って一瞬出て来るだけで、なんの説明もなかった。けど、今目の前にいて、相手にしているのは生身の人間なのだ。たかが一行の説明で終わるなんて、そんな訳にいかないのだから、どんな人達なのか聞いてみなくちゃ。
「レイリー、よろしく。それからルリミエとはおしゃべりを楽しみたいので、
(そういうことだから、レイリー行ってらっしゃい。せめて、ルリミエは一緒に帰ろうよ)
「い、いいんですか?」
「もちろんですわ」
レイリーは馬を駆って先に出発していった。ルリミエは私の馬車に乗り、他の令嬢達は各々の馬車で、行列を作りながらレトゼイア家へと向かった。
―――――
「お帰りなさいませ、エヴァリアお嬢様」
馬車から出てみると、家中の使用人たちがずらりと並んで私の帰りを歓迎した。
「エヴィ、お帰り」
のみならず、両親までもがニコニコと私を出迎えた。娘の成長や、社交性が育っていることに喜び、安心し、嬉しく思っている両親の眼差しをひしひしと感じる。レイリーが大袈裟に伝えたのだろうか。
いや。エドワード以外と特に交流を持って来なかった私は、きっと両親に心配されていたのだ。年頃の娘が、友人も作らず、婚約者のことばかりにかまけていたら、それは心配にもなるだろう。
エヴァリアの記憶の限り、友人を家に招く、なんてことは初めてのことだった。それも最初からこんなに大勢。レイリーから話を聞いた時、さぞ驚いたことだろう。
「どうぞくつろいで、ゆっくりしてらしてね」
母の言葉に、はにかみつつ恐縮している令嬢達。大貴族で、社交界の華と言われている母なのだから、その反応も仕方ないことだろう。両親の行動と眼差しから、エヴァリアが深く愛されてることがよくわかった。くすぐったいような、嬉しいような、恥ずかしいような気持になる。
「今日はお天気も良くあたたかいですので、お庭にご用意いたしました」
いつにも増してキリリとしたイリナが私に告げた。
「そうね。では皆さんこちらへ」
(イリナありがとう)
向かってみると庭には完璧にセッティングされていた。真っ白なテーブルクロスが、どこかウキウキと心弾んで見えるのは、私だけだろうか。
「こんなにたくさんの方とティータイムをご一緒するのは、初めてのことですわ。どうぞお寛ぎになってくださいね」
(ルリミエを助けたかっただけなのに、大変なことになっちゃったな……。うまくできるかなぁ)
不安な気持ちが胸の内でぐるぐるとしている。
「今日はお招きいただき、ありがとうございますわ。私はアテロス家の長女、リーチェ・アテロスです」
リーチェ・アテロス。名前を聞いて思い出した。聖女伝説でエヴァリアの取り巻き筆頭のキャラクターじゃないの。分かりやすい鮮やかな水色の髪の毛なのに、なんで忘れていたのだろう。エヴァリアのことを半ば崇拝していた彼女は、特に聖女を嫌っていて、エヴァリアと一緒に聖女を目の敵にしていたっけ。
「こちらがアイテラ・ウェルター、そちらがエミリ・カーター、あちらが……」
ご丁寧にリーチェが全員の紹介をしてくれた。リーチェがこのグループを率いているようだ。でも思い返してみると、中庭の騒ぎでリーチェは後ろの方で眺めているだけだった。能ある鷹は爪を隠す、か。いや、被害は被らないけど後ろで糸を引いている、というやつかな。
「レトゼイアさんの寛大なお心、誰よりも貴族然とした堂々たる態度、それでいて優しさを持ち合わせた行動にとても感動致しましたわ」
リーチェが尚も続けている。原作と同じく、リーチェは味方なようだった。
「それに比べてあの高橋さんといったら」
「5歳児の方がまだ礼儀がなっていますわよ」
「カーディアンさんも大変苦しかったことでしょう」
リーチェの言葉を皮切りに、あちこちで好き勝手なことを言い始める令嬢達。
「本当、高橋さんったら……」
「それに引き換えレトゼイアさんは……」
「こんなこともわからないんですのよ、聖女だと言われているのに……」
「レトゼイアさんはまるで女神様のように慈悲深いですわ」
「レトゼイアさんはどうお思いになります?」
黙ってケーキを食べていれば、それはただの悪口大会だった。リーチェの取り巻きが口々にワカナの悪口を言って、反対に私のことは褒めちぎる。黙っているのは私と、居心地の悪そうなルリミエと、涼しい顔で紅茶をすするリーチェだった。
ケーキは美味しかったけど、不味い。それに、どこかで今日のこの状況が噂されたら、私は安全に生き延びられないかもしれない。それは非常にマズイ。
「ちょっと、よろしいかしら」
あらかたケーキを食べ尽くしてから、私は口を開いた。途端にピタリとおしゃべりは止まって、静かになった。
「さっきから聞いていましたら、悪口ばかりですのね。弱い犬ほどよく吼える、という
(悪口言ってると、私の人生は終わっちゃうかもしれないからやめてほしい……)
自分の口から出た挑発するような言葉選びに、ドキッとしてしまった。悪役令嬢っぽい言葉に変換されるのはわかってたけど、なんでこんなに敵を作るようなことばっかり言うのかな、この口は……。
「他人の悪口で時間を費やすよりも、自分が楽しく過ごせた方が有意義な時間ですわ。パンやサラダやケーキがある時、ケーキが一番美味しいのはみんな同じじゃなくて?」
(そんな悪口よりもっと別のことをしゃべったりとかしようよ。じゃないと私が困るからお願いします)
うわあ、マリー・アントワネットみたい。次に自分の口から発せられる言葉がどんなものになるのか、恐怖でしかない。
それは令嬢達も同じ気持ちだったらしく、さっきまで悪口で盛り上がっていたくせに、今では俯いてバツの悪そうにしている。
「……レトゼイアさんの言う通りですわ。煩わしい人間に時間をかけている方が無駄ですわね」
リーチェはそう言うと、深々と頭を下げた。
「先ほどまでの騒がしい会話をお許しください。私達はレトゼイアさんの貴族らしい振る舞いと、堂々として自信に溢れたお姿に惹かれ、だからこそお側にいたいと図々しくもこうしてついて参ったのです」
そう言うと他の令嬢達も一斉に頭を下げた。
「私もエヴァリアさんが素敵だなと思います」
ルリミエが恥ずかしそうに言葉を添えた。
どうやら私の言葉は、嫌味な悪役令嬢としてのイメージではなく、たるんだ貴族令嬢をたしなめる鞭として彼女たちの目に映ったようだ。そして、そんな私を、エヴァリアを好きだと表明してくれた。
「わかれば良いのです。あと、レトゼイアではなくエヴァリアと呼んで頂戴」
(よかった、助かった。でも堅苦しいのはなしでいこうよ……)
「いいえ、そんな名前でお呼びするなんて恐れ多いことはできません。どうしてもと言われるのでしたら、エヴァリア様とお呼びいたします」
「そうです。私達の憧れですもの」
「本当にそうです」
「そんな言葉をかけてくださってありがとうございます」
リーチェとその取り巻きたちは感激したように、そんな言葉を口々に発した。
「よかったですね、エヴァリアさん。……私もエヴァリア様とお呼びした方がいいですよね?」
隣のルリミエがこそこそと聞いてくる。
「私とルリミエの仲ですから、名前で呼んで下さらないのは寂しいですわ」
(様付けは寂しいから、せめてルリミエだけでも名前で呼んで仲良くしてほしいよ……)
私がそう言うとルリミエは嬉しそうに頷いた。
「さ、皆さん、まだケーキも紅茶もありますから、おしゃべりを楽しみましょう」
(甘い物でも食べないとやってられないわ……)
とにかく一件落着、したと思う。聖女伝説で登場していたエヴァリアの取り巻きが、こんな形でまた取り巻きになるとは思ってもなかった。
でも原作と違って、ルリミエと仲良くなったこと、それから悪口を言わないって彼女たちに言い含められたこと。この2つのことが、ひとまず私にとっての収穫になった。
ぼっち生活に終わりを告げるお茶会は、思ったよりも楽しかった。
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