5.やっぱりすんなり帰れはしないよね……
「ここは学園で平等のはずですのに、どうしてワカナさんをいじめるようなことをするんですの?」
「この中では許されたとしても、学園の一歩でも外に出れば厳しく見られるんですのよ? その時に恥をかいてはお可哀想じゃありませんか」
「それに、いじめてるってあなたお言いになりますけど、私達がいつそんなことをしましたの? 学友としてマナーを教えていただけじゃありませんか」
「そうやって陰でクスクスと、ワカナさんを嘲笑っているんでしょう? 聖女というお立場なのに、気さくで誰にでも分け隔てなく接してくれる優しいお方ですのに、そのお心遣いがわかりませんの?」
授業が終わって、長かった一日からやっと解放されるとウキウキしていたら、こんな会話が聞こえて来た。
「……不穏な空気ですね」
「雑音なんて気にしてはいけませんわ」
(触らないでおこうね……)
不安がるルリミエとこそこそと言葉を交わしながら、なるべく気配を消して歩いた。
どうやらワカナを崇める令嬢達と、そうじゃない令嬢達で揉めているようだ。
「ランチの時の騒動だって、レトゼイアさんが治めてくれなかったらどうなっていたか」
「もうちょっと言い方だってあると思いますわ。ワカナさんは別の世界からお越しになったんですから」
「そうですよ、あんなにたくさん人がいるところで、あんな言い方しなくてもよかったじゃありませんか」
どんどんエスカレートしていく2つの派閥の争い。自分のことじゃないのによくここまで争えるなぁ。貴族の社会では強い者や自分の家門にとって有利に働く方へ傾くようにできているから、仕方のないことなんだろうけど。
こういうのを見ると、私はエヴァリア・レトゼイアでよかったと思う。大貴族のレトゼイアは誰の顔色も窺わなくていいからだ。
「……きゃっ!」
考え事から一気に現実へ引き戻された。
どしん!、と、転んだのはルリミエだった。あなたドジっ子属性ついてたの……? こんなになんにもない廊下で、盛大に転べるのは才能に値すると思うの。
「……ごきげんよう」
激しく言い合っていた2つの派閥がこちらを注視している。その視線が具現化して、私達の身体に刺さるんじゃないかと思った。
ルリミエを抱き起して、それから仕方なく声をかけた。硬直している2つの派閥は、どちらも緊張しているような面持ちだった。
「ごきげんよう。……あの、聞こえていましたか?」
こちらの様子を窺いながら、貴族派の1人が言ってきた。
「あまり大きな声で会話をなさるのは、淑女としての品位に関わると思いますわ」
(そりゃでっかい声だったしね……)
「申し訳ありません……」
大貴族の私に言われてシュンとなる貴族派の令嬢達。その様子を見て幾分得意気に見えるワカナ派の令嬢達。そのうちの1人が口を開いた。
「私達は、ワカナさんのことをマナーのなっていない人と捉える貴族社会に疑問を抱いているんです。別の世界から来られて、右も左もわからず不安のはずなのに、身分に分け隔てなく接する姿はまさに聖女そのものです。それなのに」
そこで一旦言葉を切って、貴族派の令嬢達を睨んだ。それに、そのままの目つきで私のことも見据えた。
「貴族社会という枠組みを、学園の中にまで持ち込んでワカナさんを評価するのはいかがなものかと思います」
宣戦布告のように聞こえた。大貴族であるレトゼイアに真っ向から意見を言うなんて、普通の貴族社会だったら、私が子供で相手が大人だとしてもあり得ないからだ。
ということはこの令嬢は、最近貴族の末席に入れられた新興貴族の出なのだろうか。怖いものなしなんだろうな。新興貴族たちは後ろ盾も歴史もないから、聖女や神殿などの権威に弱いという特徴がある。自分たちの地位や権力を保証してくれる説得力のある材料を探すと、そこにたどり着くのだろう。
「ワカナさんは魔力だって素晴らしいですし、必ずや私達をよい方向へ導いてくださる方です」
「魔力でしたら、レトゼイアさんだって素晴らしいですわよ。そそくさと教室を後にした方達はわからないでしょうけど」
「私達はいつまでもこの学園で生活する訳にはいきませんのよ。これから外に出て、淑女として評価されるんですから、今のうちに身に着けておいた方が損はありませんわ」
考えている内に、令嬢達はまた勝手にバトルを再開してしまう。お互い気にすんなって言いたい。自分たちのことじゃないのにムキになって言い合いをするの、あれだ、中学生の女子同士の派閥争い的な、あれに似てる気がする。
「何が、言いたいんですの?」
(もうやめない?)
不毛な言い争いを尚も続ける両者陣営の言葉を無視して、語気強めで言ってみた。エヴァリアの語気強め、迫力がある。自分で言っててわかる。大貴族の威厳というか、圧がある。
「この発端はなんだったんですの?」
(どうせくだらないことから言い合ってるんだろうし)
私の強い眼差しから逃げるように、微妙に視線をずらし始める令嬢達。
「高橋さんはこの世界の人間ではいらっしゃいませんから、貴族のマナーが理解できていないこと・それを行うことができないのは当り前ですわ。学友としての心配から、立派にこの世界で暮らしていってほしい願いから、今日のように教えて差し上げることも今後もあるでしょう」
(ワカナが貴族派にとってムカつくのは仕方ないじゃん。この世界の常識から外れてるんだからさ。小言に聞こえるだろうけど、実際ワカナにとっては大事なことだと思うよ、マナーとかこの世界の常識って)
「で、でも、あんな大勢の人の前で注意しなくってもいいじゃありません?」
どうしても言いたかったのはこのことなのか。さっきの令嬢が怯えながらも口を挟んだ。
「あなたの目は何を映して、何を聞いていらしたんでしょう……?」
(えぇ……。ルリミエのことはどう思ってんのよ……)
隣にいるルリミエに視線を送るまでもなく、今更ハッと気づいたような表情の後、バツの悪い顔になった。ルリミエはずっと隣にいたのに、本当になんにも見ていないのだろう。
「どなたが何を信仰なさろうと、どなたがどんな信念をお持ちになろうと、心の内のことは自由ですわ。ですけど、一番大切なものはなんなのか、今一度良くお考えになった方がよろしくてよ」
(ワカナを持ち上げるのは自分の保身のためなんだろうけど、よく考えて発言も行動もした方が良いよ……)
はぁ。
ため息をつくと、隣のルリミエがそっと私の腕に触れた。私を、どこか励ますような気づかいがそこに込められているように感じた。このあとのルリミエとのお茶会ではケーキをたくさん食べよう。
「あの」
それでは、と挨拶をしようと思ったら貴族派の方から声をかけられた。
「私達に行動をもって淑女としての品位を教えてくださって、ありがとうございました」
全員が深々とお辞儀をした。その様子に、私の方が慌ててしまう。エヴァリアのポーカーフェイスは完璧だけど、心臓はバクバクと早鐘を打っていく。
「馬車置場までご一緒してもよろしいでしょうか?」
さっきまでバチバチしていた一派を従えて歩くなんて困る。だけど、どうせみんな馬車置場に行かなくちゃいけない。
「向かう場所は同じですから、みなさんのお好きになさるといいわ」
(帰る方向は一緒なんだから、断れないじゃない……)
「ありがとうございます」
「それではごきげんよう」
ゾロゾロと、貴族一派と一緒に帰ることにはなってしまったけど、ようやくあの場から脱出することができた。一事が万事、ワカナに、聖女に関することはこんな感じで進むんだろうか。
考えただけで憂鬱になる。ゲームなら選択肢を選んで、スキップできるこまごまとした会話も、いちいちクリアしていかなければならないのだから。
「す、すみません、私のせいで……」
心から申し訳なさそうに、ルリミエが言った。
「なんでも自分のせいにするのは美徳ではありませんのよ」
(ルリミエのせいじゃないでしょ……)
そう言うと困ったような、ホッとしたような顔でルリミエは微笑んだ。
「あの、レトゼイアさん、魔力の授業でのコントロール、本当に素晴らしかったです」
「鮮やかに場を治めてしまうところも、レトゼイアさんの才能なんでしょうね。尊敬します」
「その上、エドワード王子という誰もが羨む婚約者までいらして、レトゼイアさんは私達の憧れそのものです」
すぐに貴族派の令嬢達が私にガンガン話しかけてきた。転校生に話しかけまくるカースト上位みたいな勢いがあった。
馬車置場までが、果てしなく長かった。
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