4.内心は心臓バクバクです……

「魔力コントロールが上手じゃなくても大丈夫だよ!」


 昼食のため、食堂に来てみたら大きな声が響いている。確認するまでもなくワカナの声だった。


「みんなの前でコントロールどころか魔力を放つこともできなかったのは事実だけど、でもさ、魔力が全てじゃないでしょ?」


 無邪気、と言えば聞こえはいい。誰かを励ましているみたいだけど、ご丁寧にできなかったことの説明をあんな大声でされてしまっては、逆効果にもほどがある。聖女であるワカナはそれだけで注目の的なのに、それ以上に視線が集まっていた。


 ワカナから激励を受けているのは、魔力の研究家として名高いカーディアン家の令嬢だった。カーディアン家の特徴である紫色の髪の毛を三つ編みにして垂らしている。名前はなんて言ったっけ。


 エヴァリアの記憶を辿っていると、バチっと、ワカナと視線が合った。


「エヴァリアさん!」


 しまったと思う間もなく、大声で名前を呼ばれてしまった。


「……ごきげんよう。一体、なんの騒ぎですの?」

(なんで気がつくのよ、そっとしておいてよ)


「騒ぎだなんて。ほら、今日の魔力の授業でルリミエさんってば、魔力コントロールが全然できなかったじゃないですか。だから気にしないでって励ましていたんです」


 全く悪気のない笑顔で、天使のように優しく微笑んで言うワカナ。でも言葉は意地悪そのもので、隣にいるルリミエ・カーディアンは羞恥からか、俯いて黙っている。


「エヴァリアさんも見てましたよね? ルリミエさんだけ、全然できてなくて、私、とっても可哀想って思って。だから励ましてあげようって思ったんです。一緒に学ぶ友人として」


 ベラベラと目の前でしゃべり続けるワカナ。どうしたもんかと考えたけど、いい案が浮かばない。とにかく、この状況はルリミエにとってよくないから、早くこの場を去ってしまおう。


「そうだったんですの。こんなに人がたくさんいる場所で、大声でできなかったことを話されていたので、てっきりカーディアンさんは辱めを受けているのかと思っていましたわ。わたくしの知る励ましとは随分違っていたので。カーディアンさんのことを思うなら影から支えるものだと思っていましたけど、高橋さんは斬新な方法で励まされるんですのね」

(気が済んだならルリミエを離して。こんな食堂で、それも大声でやることじゃないでしょ)


「そんな……。私は、ただ……」


 うるうると瞳を潤ませ、物悲しそうにこちらを見つめるワカナは、これが本当に物語でその舞台上なら、完璧な主人公像そのままだと思った。


「それに『高橋さん』だなんて、他人行儀な呼び方しなくても」


わたくし、交流の無い方は皆家名で呼び合うものと教育されてきましたの。貴族の教育を受けたことのない高橋さんにはわからなくても仕方ありませんわよね。次からはお気をつけになってくださいね」

(いや、あなたと私はしゃべったことないのに名前では呼べないでしょ)


 周囲を取り巻いて見ていた他の令嬢達からクスクスと笑う声が聞こえて来た。


 聖女は特別だけど、やっぱり浮いている。学校とか、貴族とか、狭いコミュニティの中で異端でも許されるのはカリスマ性が備わっている場合だけだ。ワカナにも聖女補正でカリスマ性があるとは思うけど、こういうところで事を大きくするのにはまだレベルが足らなかったみたい。


「なんの騒ぎだ……?」


 姿を現したのはエドワードだった。登場するならもっと早くに来てほしい。と思ったけど、主人公がピンチの時に現れるのだから仕方ないのかもしれない。


「エドワード……」


 ワカナはそう呟いて、エドワードに駆け寄った。


 エドワードのことは呼び捨てなんかーい。破棄する予定だけど婚約者の私が目の前にいるんですけど……。


「なんでもないの。今、ちょっと、エヴァリアさんに貴族の礼儀について教わっていたところなの」


 またあのうるうるとした瞳でエドワードを見上げている。私はエドワードに対してなんの思いもないけれど、こんな間近で見せつけられたエヴァリアはどんなに腸が煮えくり返ったことだろう。


「そうなのか? それにしては騒ぎが大きかった気がしたんだけど」


 優しい、もとい、女性に甘いエドワード。どうしてこんなチャラい奴をエヴァリアは好きになったんだろう。エヴァリアならもっといい男を捕まえられそうなのに。


「ううん、なんでもないわ」


 ワカナが言っていることはこの騒動というか、出来事の半分しか伝えられていない。前半部分についてはすっぽり抜けている。でもそれをエドワードに説明するとなると、ルリミエを傷つけてしまいそうだ。


「そうなのかい? エヴァリア」


 不意にエドワードが私を真っすぐに見て、聞いてきた。それを答えたところで、なんの意味があるというのだろう。どうせこの世界は聖女を中心に回っていく物語だ。悪役令嬢として、追放や、断罪されないように振る舞うしか、私にはできない。


「高橋さんはわたくし達の常識とは違うようですので、殿下からよくお教えくださいませ。知らなかったとは言え、非常識なことをして恥をかくのは高橋さんですのよ」

(面倒見るなら見るでしっかりしてよ)


 そう言うと私はルリミエに向き直った。


「カーディアンさん、魔力の研究は並大抵の努力では続けて来れない偉業ですわ。ひたむきな努力と継続、忍耐が他のどの家門よりも秀でているのだと思いますの。よろしければ歴史と解明している部分について、詳しく教えてくださいませんこと?」

(災難だったね。ワカナはエドワードに任せて、とりあえずここを離れよう)


 私が手を差し伸べると、ビクッと一瞬怯えはしたものの、重たい前髪の隙間から瞳をキラキラと輝かせて言った。


「レトゼイアさんにそう言っていただけるなんて、こ、光栄です。私で良ければいくらでもご説明させていただきます……!」


「嬉しいわ。それなら今日、うちにお茶を飲みにいらして。うちのシェフが作るお菓子も美味しいんですのよ。ぜひ味わっていただきたいわ」

(魔力の研究結果を教えてもらうのになんにもお返しできないのがちょっと心苦しいかな)


「わた、私なんかがお邪魔してもよろしいんでしょうか」


わたくしが良いと言っているのですから大丈夫ですよ。……あぁ、その前に今は食事が優先ですね。わたくしったらランチ時だというのも忘れて……ごめんあそばせ」


 ルリミエの手を取って、話題の渦中から抜け出た。隣でルリミエは驚きの表情を隠しもせず、硬直している。


「そうそう、カーディアンさん、あなたのこと名前でお呼びしてもよろしくて?」

(ちょっと仲良くなれるかな、仲良くしてほしいな)


「そそそ、そん、こ、ここ光栄ですッ」


 ルリミエがバグったゲームみたいなセリフを発した。それが面白くて思わず笑ってしまった。


「ルリミエさんもわたくしのことはエヴァリアで構いませんからね」

(嬉しいな。はじめて友達ができるかもしれない)


 背後からは視線を痛いほどに感じていたけれど、私達が遠ざかるのを呼び止める者は誰もいなかった。


 この国の第三王子であるエドワードと、異世界からやって来た聖女のワカナ、大貴族のエヴァリアに何かを言える者はそうそういない。ワカナが突っかかってくることがとても気になるけど、今は自分が大貴族に転生したことを素直に喜んでおこう。


 聖女を避けるために孤独なぼっち学園生活を覚悟していたけど、棚ぼた的に友人ができそうでちょっとわくわくしてきた。


 ルリミエと会話しながらのランチは、とても楽しいものだった。

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