3.学園生活が始まってしまいました……
「なぜ学園なんてものに行かなければならないんですの……」
(行きたくないよぅ……)
「お嬢様、そろそろ慣れてください。もう1週間は経ちますよ?」
またなの?という顔をして、イリナが私をたしなめる。聖女が降臨してから1週間、毎日毎日学校に行きたくないと言ってきたけど、その度にイリナやメイやレイリーになだめられた。
もう中身の私は25だし、エヴァリアの礼儀作法だって完璧だし、学校なんて行かなくていいと思うの。だって、行けば聖女であるワカナと顔を合わせなくちゃいけない。関わりたくないのに、関わらざるを得ない状況になる。どうしてこっちに来るんだろう。私は何も邪魔をするつもりがないのだから、そっちはそっちで楽しんでくれていいのに。
「エヴァリア嬢、まーた不機嫌な顔をしてますね」
ひょいとレイリーが私の顔を覗き込んで言った。
「魔力コントロールの為だけに学園に通う労力が、馬鹿らしいとは思いませんこと?」
(びっくりした。……だって行きたくないし)
「そんなこと言わずに。魔力の授業、楽しみにしていたじゃないですか」
魔力の授業。なんだかすごくファンタジーでフィクションで、面白そうって思っていたけども。聖女もセットで一緒にいると思うと、気が滅入って仕方がない。
聖女伝説で内容を知っていた私は、実はその知識を生かしてこっそり魔力の練習をしていた。誕生日の日に覚醒してから、魔力をコントロールする呼吸法や、体外に上手く具現化する方法などをコツコツと進めていた。エヴァリアは元々の魔力も高いし、魔力に対しての適正も高いから、苦労することもなく易々とできるようになっていくのが面白かった。
自分の手から炎を上げてみたり、自分から少し離れたところに炎を出現させたり、日に日にできることが増えていくのが本当に面白くて、もはや学校に通わなくてもいいんじゃないかと思ってしまう。
「お嬢様のお好きなケーキをご用意してお帰りをお待ちしていますから」
そうイリナに促されて、レイリーとユーリックに託される。イヤイヤ言っている自分がお菓子を買ってもらえない子供のように幼く思えて、仕方なく家を後にした。
―――――
「今日は実際に、皆さんの魔力を使っていきます」
ぼんやりしていると、先生の声が響いてきた。
「この魔力練習用の球を、魔力で転がしたり、浮かしたりしてみましょう」
先生がそう言うと、球はふわりと浮かんで、机に座る私達それぞれのところへ動いた。先生が魔力を使って運んだんだ。目の前の置かれた魔力を手に取って見ると驚くほど軽かった。つるんとした触り心地で、何で作られてるのかわからないけれどピンポン玉によく似ていた。
周りを見渡してみると、元々の魔力の差なのか、ほとんどが苦戦している様子だった。
「わあ、ワカナさん、どうやったらそんなに操ることができますの?」
「こんなふうに、私達もできるようになるかしら」
「ねえ、コツなど教えて下さらない?」
ひと際賑わっているのは、聖女であるワカナの周辺だった。聖女は桁外れの魔力を持っている設定で、最初からその魔力を上手にコントロールすることができる。ピンポン玉もどきを浮かしたり飛ばしたり、光らせたりして他の生徒に披露していた。
「そんな、コツなんて。えーと、こう、浮かんで!って思えばいいんです。誰でもできますよ、大丈夫! ほら、やってみてください!」
気さくに話している姿は現代のJKだ。ただ、貴族という階級があってそれに応じた言葉を使い分けるこの世界では、だいぶ浮いていた。
「さすがワカナはすごいね」
それでもエドワードがその浮いた分を埋めるように支えているから問題なさそう。きっとあの日、ついていった神殿でワカナの魔力のすごさを目の当たりにしたのだろう。そうじゃなくても聖女だと崇められている人物なのだから、無碍に扱うこともできないし、エドワードはワカナの味方になるだろう。
ワカナが現れる前のエドワードの様子が、原作とだいぶ違っていたからヒヤヒヤしたけれど、この様子なら大丈夫そうね。私は人知れず、ホッと胸を撫でおろした。
「それでは1人ずつ、やってみましょうか」
先生はそう言って1人ずつ名前を呼んだ。半円形のすり鉢状になった最下段にいる先生の隣に、ピンポン玉もどきを持って行って魔力コントロールができるか、全員が見ている前でテストしていった。でも魔力を上手く扱える人が少なく、まだまだ次の授業に行くのには時間がかかりそうだ。
「おおぉぉ!」
「さすがでございます!」
歓声が上がったのはエドワードの時だった。ピンポン玉もどきを浮かせて、高速であちこちに移動してみせたからだった。王族は代々強い魔力を持っていて、同じく強い魔力の令嬢を娶ることでその力を絶やさないようにしてきた。だから、エドワードも強い魔力を持っているし、コントロールの才能だってある。
「皆もできるようになるから、練習に励むと良い」
王族スマイルの爽やかな顔で、エドワードは言った。あの笑顔に心奪われて、無茶をする令嬢がいなければいいけど。
「さあ、次はワカナさん、こちらへ」
「はいっ!」
先生が次に名前を呼んだのはワカナだった。ワカナは元気のいい返事をして、黒髪をサラサラと揺らしながら、どこか楽しそうに先生のもとへ向かった。
「どうぞ」
先生に促されるとワカナは、両手を目の前で組んで祈るような姿勢になった。すると間もなく、ワカナの持つ魔力が彼女の身体から発せられ、各生徒の前にあるピンポン玉もどきたちを一斉にふわりと浮かび上がらせた。そうして彼女の魔力はピンポン玉もどきたちを包んでいき、それは徐々に明るくなって、全ての球が光って教室中を照らした。
その様子にきゃあきゃあとはしゃぐ令嬢方。感心するご子息方。それはいいのだけれど、私の、エヴァリアの目の前にあるピンポン玉もどきだけはなんの反応もなく、ただ机に転がっているだけだった。
「あら、レトゼイアさんのだけ……」
「他のは全部光ってるのに。やっぱり何かあるんだわ」
「それじゃあ、あの噂は本当なのかしら」
聞こえよがしにヒソヒソと始まる令嬢達の貴族トーク。
噂って何よ。ワカナが最初から私のピンポン玉もどきだけ、避けたからじゃない。だけど多分、他の人にはあれは見えていない。私だって魔力の動きが見えるようになったのは、覚醒した日からこっそり練習していたからで、もしかしたら先生はわかるかもしれないけど。
私はワカナと、聖女と関わりたくないっていうのに、どうしてこんなことをするのだろう。新手のいじめだろうか。何が彼女の気に障ったのだろう。彼女がここに来てから、なるべく視界に入らないように、関わらないようにしてきたはずなのに。
「あっ、ごめんなさい。エヴァリアさんのだけ、忘れてました」
てへぺろ、と、音がしそうな悪びれもしない声と表情。ごめんなさいと言っているのに、意地悪に光るあの両目、あれはきっと確信犯だ。
「はい、もういいですよ。さすがですね、ワカナさん」
先生が適当に話を切って、ワカナを止めさせた。みんなのピンポン玉もどきたちは、すうっと光を失い、机に落ちた。
「それでは、エヴァリアさん、どうぞ」
この先生はポンコツなんだろうか。今まさに目の前でめんどうくさいことが起きたのに、その渦中の人間を呼びつけるなんて。どうせ全員やらなくちゃいけないのはわかるけど、このタイミングだと晒し者じゃない。
はぁ。
ため息をついて、私は立ち上がった。この授業の様子、聖女伝説の中でのあるエピソードにそっくりだった。それはこの魔力コントロールの授業でのこと。主人公である聖女は、魔力が使えることが面白くて、教室中のピンポン玉もどきを操ってみせるのだが、どこか抜けているところのある彼女は「うっかり」エヴァリアのピンポン玉もどきを捉え損ねてしまうのだ。そのことと、先ほどエドワードといちゃいちゃ会話をしていたことが、エヴァリアの嫉妬心を掻き立てる。だから、次に呼ばれた時にエヴァリアも「うっかり」コントロールが上手くいかなかったことにして、聖女のピンポン玉もどきを彼女のおでこに放つのだった。
私はそんな仕返しをするつもりなんて毛頭ないのだけど、もし、聖女である彼女が私を毛嫌いしているのであれば、原作のシナリオに限らず何かしてくるかもしれない。
私は先生の隣に立つまでに、教室中のピンポン玉もどきを動かないよう自分の魔力で固定した。
「どうぞ」
先生が声をかける。
私は、自分の手の平から、自分のピンポン玉もどきをふわりと浮かせた。先生の顔の周りを一周して、自分の手の平に戻した。
「はい、コントロールが上手にできてますね」
にっこりと微笑む先生の顔。あんたの目は節穴か? 目の端で捉え続けたワカナの驚いた様子と、ワカナのピンポン玉もどきに加えられた魔力から、やっぱり彼女がシナリオ通りに動こうとしていたことがわかった。
~~~♪
タイミングよくチャイムが鳴り響く。
「それでは今日はここまで。お疲れ様でした」
先生が挨拶をすると、あちこちで生徒たちが動き始めた。まだ何かしたそうな目をしているワカナからの視線を感じる。
私は仕方なく、教室中のピンポン玉もどきを先生の隣に置いてあるボックスへと動かした。
「今のをやってくれればよかったのに」
先生は少し驚いた表情で私を見ていた。私のことを見ていた数人の生徒からは、キラキラとした憧れにも似た視線を感じた。
「この程度のことを大袈裟にしていては、レトゼイア家の名が廃りますわ」
(聖女が面倒なことを起こしそうだったんで……)
「助かりましたよ、ありがとう」
今日は上手く回避できたけど、次もちゃんとできるだろうか。
どうしてかはわからないけれど、ワカナがエヴァリアのことを嫌っているということは、よくわかった。じゃなければ、あんな自分を傷つけるようなことをしてまで、エヴァリアを貶めるようなことをするはずがない。
あといくつのイベントがあったっけ……。
私は頭を抱えながら、教室をあとにした。
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