10.今日だけでイベント起きすぎじゃない……?

「最年少VS最年長対決だなんて、こりゃ面白い」


「少年の騎士の美しい顔といったら」


「年かさの騎士だってダンディで素敵じゃない」


 試合に盛り上がる男性陣と、その美貌にきゃあきゃあとはしゃぐ女性陣。


 ユーリックに黄色い声が上がるのはそりゃ主要キャラだから当然だけど、レイリーにもこうして光が当たるのはなんだか嬉しい。


「私の薔薇はどちらが勝つと思うんだい?」


 さっきと似たようなセリフを吐くエドワード。他に聞くことないのかな。あ、でも、エヴァリアとエドワードの共通の話題って、そういえば何もなかったような。ただただ家柄が良くて、そういうもの、っていう物語然とした取り決めだけ。


「エドワード様は、いかがお思いになりますの?」


「私かい? そうだな。少年には才能があるとは思うが、今日この場でということになるとバーグ卿の方が有利だろうね」


わたくしもそう思いますわ」

(案外ちゃんと見てるんだね)


「だけど……」


 エドワードがそこまで言って言葉を止めた。憂いを含んだような瞳は、世のご令嬢方を虜にしてしまうだろう。うっ、と、私も息が詰まる。エドワードのことをゲームで知ってなかったらやばかった。いや、知ってて尚この破壊力。恐るべしイケメンパワー。


「私の薔薇の専属騎士になるからにはちゃんと守ってくれることが一番大切な条件だろう? それは少年騎士の方ならこれから先、一生ちゃんと守ってくれると思う。バーグ卿は強いし経験豊富だが、いかんせん年齢が心配のタネだ」


 両親も同じことを言っていた。


「あぁ、だけどね、もし少年騎士が専属騎士になってしまったら、あの美貌だろう? 私には遠く及ばないとしても、私の薔薇が万が一、心移りをしてしまったらと思うと苦しくてね」


 嫉妬? あのエドワードが? エヴァリアに???


「お嬢様、お茶のおかわりはいかがですか」


 混乱して固まっているとイリナが声をかけてくれた。グッジョブ、イリナ。


「いただくわ」


 エドワード、一体どうしたのよ。エヴァリアにそんな態度取るなんて、あなた本当にエドワード? 今の状況、言葉、本物のエヴァリアが聞いたらとても喜んだでしょうに。


 なんて返せばいいのかな。こんなふうに例え形だけであったとしても、男性からそんなこと言われたことない。


 どうしようもなくなって、試合に見入ってるフリをしながら、ブルーベリーの一口タルトを口へ運ぶ。だって今日はエヴァリアの誕生日だって言うのに、ケーキを食べていない。誕生日にはやっぱりケーキを食べないと。……ただ誘惑に勝てなかっただけだけど。あぁ、すごく美味しい。


「私の薔薇は、私の心配よりもブルーベリータルトの方が重要なようだ」


 一層面白そうにエドワードが言った。


 そんなこと言われたってどうしろって言うのよ。どうせあなたは来年、聖女に会って恋に落ちるの。私のことなんか見向きもしなくなるんだから。というか今までだって散々エヴァリアのことをないがしろにしてたくせに。


カキィィィン―――。


 ハッとして試合をよく見た。中央に2人の騎士。ユーリックとレイリー。お互いの手にしていた剣が、2本とも宙に浮かんでそれぞれの背後へ落ちて行った。


 え、てことは。


「なんと、これはまた……」


 辺りが静かになる。こんなことってある? レイリーが勝つと思って安心していたのに、どうしよう。


 引き分けだなんて。


「両者とも実力が拮抗していて引き分けのようだ。これは実に面白い」


 みんな黙っている中、エドワードが堂々たる様子で言った。


「大切な我が婚約者の専属騎士を決める試合において引き分けということは、どちらも我が婚約者を守り抜くという決意と騎士道精神に溢れている証明であろう。このエドワード、愛しき婚約者エヴァリアのために専属騎士を2名置くことをこの場で許可する」


 え……? 何言ってるの? 第三王子のあなたにそんな力ないんじゃないの? そうじゃなくても2人もいらないじゃない、どうするのよ。


「心配するな、私の愛しい薔薇。王室では何人も騎士を置くことは何も不思議なことではない。専属騎士を2名置くことも、私からの誕生日プレゼントだと思って受け取ってくれ」


 いつの間にか側にやってきたエドワードの従者から、羊皮紙とペンを受け取ってサラサラと書きつけた。書き終えて、パチンと指を鳴らすと証明書の中央には王家の紋章が現れ、その文章の正当性が示された。


「これは、エドワード殿下。私達の娘のためにありがとうございます。大変嬉しく思います」


 証書を確認すると、父がエドワードの前に跪いて頭を下げた。その光景を見て、証書が本物であることと、王族の権威を目の当たりにした他貴族たちも一斉に頭を垂れた。


「我が婚約者なのだから、当然であろう? さぁ、専属騎士の任命式を進めよう」


 エドワードに促されて、父はようやく立ち上がった。


「エヴァリア」


 父に言われて私も立ち上がった。2人の騎士の前まで歩いて行く。見ている貴族たちの視線が刺さる。専属騎士を特例で2名選抜したという事実が、私達の行動を注視させるのには充分な理由だった。


 私達がユーリック、レイリーの前に立つと、2人はすぐさま跪いた。


「ユーリック・シュベルト、レイリー・バーグ。あなたたちはわたくしの剣として、盾として、忠誠を尽くし、いついかなる時も主君であるわたくしを欺くことなく、己の品位を高め、堂々と振る舞いなさい。今日この時から、ユーリック・シュベルト、レイリー・バーグの2名を、わたくしの専属騎士に任命する」


 誓いの言葉が私の口からスルスルと出て来た。父から借り受けた黄金に輝く長剣を持ち、2人の肩へそっと静かに下ろした。じっと神妙な顔をしている2人の表情からは何も読み取ることができない。長剣を父へと戻し、私は両手を2人に差し出した。


 同時に、2人は私の手を取り、うやうやしくキスをした。


 それを見届けると、周囲からワッと拍手が起きた。ユーリックとレイリーは立ち上がり、私の背後に控えた。


 私が誰かを従えて歩くなんて、変な感じ。


「おめでとう、私の愛しい薔薇。心強い騎士が2人もいるとなれば、私も安心できるよ」


 目の前で拍手を送っているのはエドワードだった。


「ありがとうございます。エドワード様のおかげですわ」

(勘弁してよ。これからのことを考えると、目立つ行動は控えたかったのに……)


 ふふふと完璧なまでの王子スマイルで拍手をするエドワード。ゲームのことだからもっと簡単かと思っていたけど、まるで思い通りにいかないこの状況は本当に困ってしまう。


「さぁ、エヴァリア。あともう少しだからね。……最後は我が娘の魔力鑑定となります」


 父が高らかに宣言すると、どこで控えていたのか神殿の神官たちとルクブルグ商会のマシューが現れた。神官たちは真っ白なローブを頭からすっぽりと被っていて、誰が誰だかわらない。その白さは陽の光を反射して、目がチカチカするくらい眩しい。対してマシューは、グレーのローブを被って最後に登場した。


「では、エヴァリア様はこちらに」


 1人の神官に促され、即席の祭壇のようなところへ歩を進めた。


「右手をかざしてください」


 祭壇中央、ぽつんと置かれている濁った水晶玉のような石がある。そこに手をかざすと魔力の測定ができる。ゲームの中で、聖女がやっているのを見たことがある。この水晶玉の見せるホログラム?のようなものの色で、その属性や強さを推し量るのだ。ちなみに聖女は、聖女らしく真っ白だった。エヴァリアは一体どんな色が現れるのだろう。


「さあ」


 促されて、右手を水晶玉の上にかざしてみる。


 じっと見つめていると手の平がぽかぽかと温かい。それから身体の中を何かが流れる感覚がある。これが魔力ってことなのかな。


「これは……!!」


 水晶玉から赤みがかった白っぽい、光というべきか、水というべきか、実体のありそうな、でも透明感のある、不思議なものが溢れ出た。


「綺麗……」


 左手でその光を触ってみるけど温度も質感もない。だけどその光が動いて、私の左手にまとわりつくように動いていく。これはどういう現象なんだろう。よくわからないけど魔法ってすごい。


「エヴァリア様」


 神官が促すので、右手を引っ込めた。すると辺りに漂っていた光は消えて、我が家の庭が戻ってきた。貴族たちも黙ってその様子を見守っている。


「エヴァリア様は100年に一度のお方です。かなり強い魔力をお持ちです。歴代のレトゼイア家と等しく、炎の属性に優位性があります。来年のアカデミーでしっかり学び、イグラント国の繁栄に寄与されますよう、お祈り申し上げます」


「こちらが、エヴァリア様の魔石になります」


 別の神官が持ってきたのは、さっきの光と同じ色の宝石だった。それも3つも。


「かなり強力な魔力でしたので、魔石も多くなりましたがこれは誉れ高きことです。エヴァリア様には女神様のご加護があるのです」


 さっき説明してくれた神官よりも幾分興奮気味に言われた。


 女神様の加護があるんなら、お願いですからエヴァリアを殺さないでください。今回の人生は聖女が現れても何もしませんから、どうかお願いします。


「では、こちらに」


 固まっているとマシューが後ろから現れて、魔石を固定するための型を持ってきた。その手に持つ箱には、イヤリングとネックレスの型が置いてあって、最初からわかっていたみたいな手際の良さだった。


 神官がマシューから型を受け取り、魔石をはめ込んでいく。


 固唾を飲んで見守るとはこのことなのだろう。さっきまでやかましかった貴族たちがまた、目を光らせて、全てを記憶しようと見つめている熱い視線を感じる。エヴァリアのことだけで貴族界はしばらく持ちきりだろうな。それは確定事項だろう。もうどうしようもない。


「できました。こちらを」


 神官が差し出した箱には、金の装飾で彩られた魔石が3つ輝いていた。


「ユーリック、レイリー」


 私の口が勝手に2人の名前を呼んだ。


 どうするんだろうと思えば、ユーリックがネックレスを、レイリーがイヤリングを手に取って身につけてくれた。聖女伝説では、聖女は神官につけてもらってたけど、私はいいのかな。


 大きな魔石だったから重そうに見えたけど、見つけてみると全然重くない。身体が軽くなったようにすら感じる。だけど確かにそこにあることがわかる。不思議な感覚だ。


 2人が背後に戻ると、さっきよりも一層大きな拍手と声が上がった。みんなの注目の的になって、きっとこれから噂話の種にされるんだろう。芸能人ってこんな感じなのかな。居心地はあまりよくない。


 でも、これでひとまず大きなイベントは終えたはず。来年からの学園生活が本番だ。エヴァリアを死なせはしない。聖女たちみたいな陽キャとは距離を取って、悠々自適な生活を送るんだから。


 賞賛や羨望の視線を一身に受けながら、私の誕生日はようやく終わりを迎えた。

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