9.1人しか選べないなんてやっぱり残酷な気がするわ……

 ダンスが終わると色んな貴族が代わる代わる挨拶に来て、気が休まる瞬間がひとときもなかった。大貴族の公爵なのだから仕方のないことだけど、それにしても貴族って言うのは想像していたより煌びやかな世界だった。宝石やらなんやらをゴテゴテに散りばめたドレスやタキシード。どこに目線を置いてもキラキラしていて、目が非常に疲れる。


 話しかけてくる内容だって、誕生日を祝福する決まり文句か、さっきのダンスの出来を褒め称えるかで、みんながみんな、同じことを口にしている。それでもエヴァリアの顔は笑顔を見せつつ、会話しているのだから本当にすごいことだと思う。悪役令嬢っぽいセリフしか言えないけど、今はそれでよかったと素直に思えた。ゲームのオートモードみたいに勝手に動いてくれることのありがたさを、こんな形で実感するなんて。


 もし、中身の私が全部コントロールしなくちゃいけなかったら、と、考えただけでゾッとする。


「エヴァリア」


 私が貴族たちから解放されたのは、ようやく父から声をかけられた時だった。


「専属騎士の任命式に移りますので、皆さま庭の方へどうぞ」


 私をエスコートしながら、父は貴族たちへ向かってそう言った。会場の給仕係たちが慌ただしく、庭への案内を開始している。


 庭に出てみると、いつか訓練場で鍛錬に励んでいた騎士達が、正装をして並んでいた。純白の制服が日光に照らされて、また専属騎士という騎士達にとってハレの舞台ということで、眩いばかりだ。


「レトゼイア家の専属騎士候補ですのに、これしか数がいないなんて、何かあるのかしら」


「どの貴族でも100人はくだらない数を用意するのにあんまりじゃなくって?」


 貴族たちの口の端に上る言葉を聞いて、この光景が当たり前のものではないと知った。


 確かに以前訓練場に行った時、鍛錬をしている騎士達は100人以上いた。だけどその中から1人しか選ばないのに、わざわざ会場まで全員連れて来させるのがとても無駄で、残酷なことに思えた。


 そうは言っても、両親たちは大貴族の建前というものがあるから、少ない人数で良いという私の意見に、なかなか頷いてはくれなかった。見栄や建前が大事な世界において、無駄を排除することが無駄なのだから。


「皆様の目の前に跪いているのは、我が娘エヴァリアの専属騎士を決めるため、300人の騎士達の中から勝ち上がった10人の騎士達です。その10人からさらに強い者を見極め、エヴァリアの騎士にしたいと思います」


 父が合図を送ると、執事やメイドたちがお茶や簡単な食事、お菓子なんかを持ってそれぞれのテーブルへとついた。


「つまり、これからお見せするのはこの10人の騎士達による模擬戦です。大切な娘の専属騎士ですから、このくらいのことはしませんと」


 そう父が言うと、各々のテーブルについた貴族たちからまた声が聞こえて来た。


「さすがはレトゼイア家ですわ。こんな斬新な方法で専属騎士をお決めになるなんて」


「300人とおっしゃいましたな、これは見ごたえのある試合になりそうですな」


 ゲンキンな人たちだ。さっきまでひそひそやっていたくせに。


 改めて騎士達の方に視線を戻すと、10人の中には当たり前のようにユーリックとレイリーが居た。どう見てもレイリーが最年長だった。


「やだ、1人だけ年かさの騎士が居ますわよ」


「あれは可哀想に。他の若い騎士達から見世物にされるだろう」


 あちこちでレイリーを嘲笑う声が聞こえる。腹が立って来た。


わたくしの専属騎士になるからには、年齢よりも実力が大切ですわ。今日まで鍛錬なさってきたこと、ここで証明なさい」

(どうせレイリーがバーグ家の人間だって知ったら手の平返すんでしょ。レイリー、がんばって)


 私が騎士達に向かってそう言うと、試合が始まった。これは私が両親に提案した、結果強かったらなんにも言えない作戦だ。レイリーの年がいってるから専属騎士に相応しくないというなら、実力でねじ伏せていけばいい。


 ユーリックももちろん強いと思うけど、今はまだレイリーに分があるはず。ゲームの中でも、ユーリックがめきめきと腕を上げていくのは学園に入学して聖女と出会ってからだったから。


「お嬢様、お茶とケーキはいかがですか」


「いただくわ」


「私の薔薇は、誰が勝つと思うんだい?」


「!?」


 貴族たちの挨拶からも解放されて、ようやく一息つけると思ったのに、当たり前のようにエドワードが隣に座った。


「あら、もう帰られたのかと思ってましたわ」

(エドワード、まだ居たんだ……)


「残って当然じゃないか。愛しい婚約者の誕生日なんだから」


 貴族たちの前で、私達の婚約が盤石であるということを見せつけるのが狙いなのだろう。エドワードも大変なんだろうけど、自分の身に降りかかるとめんどうくさいことこの上ない。


「今までの誕生日はお忙しくしていらして、全然お会いしてませんでしたから」

(エヴァリアの誕生日だってプレゼントだけ送ってよこすくらいだったのに、どういう風の吹き回し?)


「15歳の誕生日は貴族として、特別な意味を持つからね。そんな時に隣にいるのは、当たり前のことだろう?」


 完璧な仕草で微笑むエドワードはあまりにもイケメンで、いっそ憎々しいぐらいだ。


「勝者、レイリー!」


 このまま試合が終わらなくてもいいかなって気になっていたけど、前言撤回。エドワードの相手をしたくないから、レイリー、早く勝ち上がって。


 私の願いが届いてか、試合はサクサクと進んでいった。これもまたオートモードみたい。10人選抜したけど、正直ユーリックとレイリー以外には申し訳ないことをしたと思う。名前くらいは事前にもらっていたけれど、多分この物語でもう登場しないであろう敗れた騎士達のことを考えると、いたたまれない気持ちになる。


「お父様」


 エドワードと反対側に座る父に向って声をかけた。


「この試合、提案したのはわたくしですが、敗れた騎士達はどうなりますか?」


「エヴィ、そんなことはお前が気にすることじゃないよ。選ばれなかった騎士達の実力不足なだけなんだから」


 屈託なく言う父のその答えが、この世界の貴族の「ふつう」なのだとわかった。でもそれってあんまりじゃない? 弱小貴族ならまだしも、レトゼイア家はどうにかできる財力くらいあるんだからその先を提示してあげてもバチは当たらないと思う。


「お父様、騎士達が名誉をかけてわたくしの専属騎士選抜の試合に臨まれていることは分かっております。それならば、その決意に報いる道を指し示すのが道理ってもんじゃありませんこと?」

(わかってるけどさ、なんか、してあげたいじゃない、あの人達に。もうきっとエヴァリアの人生には関わらないかもだけど、せっかくだし)


 私がそう言うと、父は感心したように頷いた。


「確かに。エヴィにそういう感覚が育ってくれたのが、パパはとっても嬉しいよ。よし、そういうことなら敗れてしまった騎士達はレトゼイア家の騎士団に入団するか、他のご令嬢方の専属騎士になるか、選ばせてあげようじゃないか」


 聖女伝説で、選ばれなかった騎士達の行方が描かれていなかったから知らないけど、うちに雇われるか、他の令嬢の騎士になれるかの二択だったら、結構手厚いんじゃないだろうか?


「ありがとうございます」


「勝者、ユーリック!」


 私が父にお礼を言うと、いよいよ試合は盛り上がりを見せてきた。さっきまで品の良いフリをしていた貴族の男性たちは、あちこちで歓声を上げつつ、試合に興じているようだ。


 次が決勝戦。勝ち上がったのはもちろん、レイリーとユーリックだ。

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