8.ち、近いです……

「お嬢様、とってもお似合いです!!!」


 口元を手で押さえ、感極まった様子でメイは叫んだ。


「お嬢様の美しさには、誰も敵いません。こんなに立派になられて……」


「お嬢様の幼い頃なんか、あなたも知らないでしょ」


 イリナにぴしゃりと言われていた。


 エヴァリアは何もしなくても本当に美しいけれど、今日は別格だった。


 1ヶ月なんてあっという間に過ぎてしまって、今日がエヴァリアの誕生日当日なのだった。


 1週間前からエステのようにお肌のマッサージから、髪のトリートメントから、食事の内容に至るまで、計算されて作り上げられた美貌は、もういっそ光を放っているかのような美しさだった。あれやこれやとめんどうくさかったし、ケーキや甘い物を控えなくちゃいけないのがとてもつらかった。ゆっくりできるはずのお風呂でも次から次へとメイドたちが入って来て、落ち着かなかった。


 でも、今、鏡の中で輝くエヴァリアを見ていると、こんなに美しくなれるのならその努力も必要だったかもって素直に思えた。それほど、全然違う。


 ブロンドの髪はより一層光を集めてキラキラと輝き、一本一本がしなやかで艶やかで、手触りはシルクのよう。肌はスベスベなのに、もっちりして瑞々しい。薄化粧を施しただけとは思えない完璧な仕上がりの顔で、鏡のあちら側からこちら側をまっすぐに見つめている。


「さあ、できましたよお嬢様。それでは向かいましょうか」


 ぼぉっとなって鏡の自分に見とれていると、イリナが後ろから声をかけてきた。


「そうね。行きましょう」

(あ、はい。お願いします)


 エヴァリアの誕生日パーティーは屋外で催されている。天気が悪かったら一体どうするつもりだったのだろう、なんて野暮な考えが頭をよぎる。


 部屋にいた時から聞こえていた、窓の外の話し声。私の誕生日とはいえ、貴族たちのパワーバランスを図る社交の場だ。あちこちから陽気な話し声が聞こえてくるものの、内容は京都弁よろしく言葉の裏に色んな意味が隠された言葉で体裁を保ちつつ話しているのだろう。言葉の通りに受け取ってはいけない。現に、私がしゃべる言葉だってそうだ。


 わかっていても、上手くできるか。京都になんて住んだことがないし、イヤミたっぷりに言われれば気が付けるけど、爽やかな笑顔で話されたことに果たして私が気がつけるかどうか。


 そんなことを考えていたら胃が痛くなってきた。もうすぐ目の前に会場が迫っていて、逃げ出せる訳もないのだけど。


「エヴァリア」


 不意に呼び止められて振り向くと、そこにはエドワードが立っていた。


「今日の私の薔薇は、いつにも増して一層輝いて美しい」


「……ごきげんよう」


 普通に登場できないのだろうか。エドワードはそのままつかつかと私の前に来て、私の髪に口づけた。


「今日という特別な日に一緒にいられることを光栄に思うよ」


「……」


 相変わらず顔が近い。整った造形は拡大しても完璧だなぁ、なんて半ば現実逃避なことを考えていると、エドワードはふっと微笑んだ。


「今日の私の薔薇は少しばかり緊張しているのか……? そんなところも愛らしい」


 げっ。エドワードの美貌だからまだ許されるけど、そんなの誰が言ってもアウトな発言だ。エヴァリアじゃなかったら声に出ていたし、表情にも出ていたと思う。


「ごめんあそばせ。殿下のことですから、てっきりお忘れになられているものだと思って、少々驚きましたの」

(ああびっくりした。というか、なんで来たんだろう。エヴァリアのこと興味ないくせに)


「言ったろう? 次に来るときは誕生日プレゼントを用意しておくと。宝石やアクセサリーや、色んなことを考えたのだけど、やっぱり私が出向くのが一番かと思ってね」


 にっこりと笑うエドワード。


「もちろん、宝石なんかも贈ってはあるからあとでよく見るといい」


 そう言うとエドワードは私の前にちょっと跪いた。


「私に、私の薔薇のエスコートをさせてもらえるかな?」


「……、殿下自らがプレゼントなんて恐縮ですわ」

(自分がプレゼントって……。とんでもないナルシストじゃん)


 一応相手は皇族の人間だ。レトゼイア家がいくら大貴族と言ったって、無碍に断ることはできない。エドワードだって本当は興味がないのに、わざわざこんなことしないといけないなんて大変だなぁ、なんて同情する気持ちすら湧いてくる。


 腕を組み、私を待ち構えていたパーティー会場へと足を踏み出した。


 すぐさま両親が飛んできて、集まった貴族たちに私を紹介した。


「レトゼイア家の宝石、我が娘のエヴァリアだ。エヴァリアのためにこうしてお祝いにかけつけてくださった皆々様に感謝の意を表する。どうか寛いで楽しんでいってほしい」


 母にすっと背中を押されたので、父の隣に並んで立った。


「エヴァリア・レトゼイアと申します。わたくしの15の誕生日を、このように盛大に祝ってくださり大変嬉しく存じます」


 何も考えていないのに、口から勝手にスピーチの内容が飛び出した。エヴァリア、すごい。


「それではファーストダンスを」


 ファーストダンス? 父よ、私は何も聞いていないんだけどどうしたらいいの。内心は心臓バクバクで動揺しまくりなのに、エヴァリアの完璧な表情はヒトカケラたりとも崩れない。


「私の薔薇、こちらへ」


 すっと背後からエドワードが現れ、私の手を取って皆が見ている前に躍り出た。楽器の演奏隊が柔らかな音楽を奏でると、エドワードが私の手を取り、腰を支えて踊り始めた。


 待って。顔、近い。腰に手がある。腰だよ、腰! そんなの他人に容易く触れられる場所じゃないじゃない。


 さっきよりも数段ヒートアップした心臓と、ぐっちゃぐちゃな内心とは裏腹に、エヴァリアは華麗なステップで、エドワードとダンスを踊っていく。


「さすがは私の薔薇だ、完璧だよ」


 微笑みを絶やさぬまま、エドワードが耳元で私に囁く。


「この程度のこと、できて当たり前のことですわ」

(だから近いんだって……)


 楽しそうにクスクスと笑うエドワード。前回の時よりも表情が崩れて自然な顔になっている気がする。でもやっぱりエヴァリアの記憶に、そんなエドワードを見た記憶はない。エドワードはエヴァリアに興味がないはずなのに、一体どうなっているんだろう。


「ああ、もうすぐ曲が終わってしまうね。このままずっと踊っていられたらいいのに、残念で仕方がないよ」


「殿下と踊りたいと思っている令嬢がたくさん控えてますので、独り占めする訳にはいきませんわ」

(あなたよくそんな心にもないこと言えるよね……)


 踊り終わると、温かな拍手があちこちで上がった。私とエドワードが婚約していることは周知の事実だから、あちこちの人だかりからお似合いだのなんだのという声もちらほら聞こえて来た。


 誕生日イベント、まだ始まったばかりなのにもううんざりしてきた。まだこなさなくちゃいけないミッションがあるなんて、ヘビーすぎ。


 ドレスなんか脱ぎ捨てて、今すぐこの場を去ってしまいたかったけどエヴァリアの身体がそれを許してはくれなかった。


 次は専属騎士を決める任命式だ。すでにぐったりとした頭で考える。どうしてこんなに誕生日にイベントを詰め込んだのか。聖女伝説を作った作者を、私は恨んだ。

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