7.似合わない格好なんてなさそう……

「お嬢様、今日は魔石エナストーン商が来る手はずになっております」


 朝起きると、イリナがいつも今日の予定を話してくれる。専属騎士をレイリーにすると決めた次の日から、誕生日に向けての準備で毎日何かと忙しい。やれ衣装屋だ、宝石商だ、反物だ贈り物だとバタバタとしてげんなりしていた。


 だけど今日は魔石商と言われて、心が躍った。


 魔石。それは聖女伝説の中でも特に重要なアイテムだった。ここは魔石と呼ばれる特別な石を使うことで、魔法を使うことが可能な世界。魔石の種類や形状によって、その効果は様々で、大きくはランタンタイプの周囲を照らすもののように使い方と姿がイコールのものと、剣や杖やアクセサリーに装着して使うものの2種類あった。


 ふつうの人間が持っている魔力はごくごく少ないものなので、魔法を使うために魔石は必要不可欠だった。だけど子供のうちは持たせてもらえなくて、15歳の誕生日に儀式を行うことで初めて魔石を持つことが許される。それは、成人式みたいに大人になったことの証拠だった。


「とても楽しみだわ」


 イリナにそう言いながら、身支度を任せた。


 魔石なんて、やっぱりファンタジー感全開でとてもワクワクする。エヴァリアの外見も、エヴァリアの住んでいる家(というかお城)も、着ているドレスも、どれもこれもファンタジーと言えばそうなんだけど。


 魔法、という響きがもうたまらない……! 聖女伝説内で、エヴァリアは派手で強い魔法をたくさん使うことのできる能力を持っていた。魔力の弱い人間が多い中、特殊とまではいかなくてもそこそこ実力のあるキャラクターだった。


 私もあんなふうに上手に操ることができるんだろうか。聖女伝説の内容を思い返していると、胸がドキドキと高鳴ってくる。頭も良かったし、魔法もすごいのを使えたし、エヴァリアのポテンシャルの高さに今更ながら気がつく。学園生活だって、聖女が現れなかったら、エヴァリアにはもっと違った未来があったんじゃないかな……。


 あ……。


 思い出した。聖女に出会うのが来年だということに。


 15歳の誕生日を迎えた貴族は、社交界の人脈や最低限の教養、そして魔法のコントロールのため、学園に通うことになっている。その学園の中で、エヴァリアと聖女は出会い、エヴァリアは悪役令嬢としての数々の悪行を重ねて行くのだ。


 ずぅんと肩が重くなった。錯覚じゃなく、私を座らせようとしたイリナが力を加えたからだったけど。気持ちが滅入ることに変わりはなかった。


わたくしが学園に通う必要なんて、あるのかしら」

(学園に通わなくてもいい方法、何かないかなぁ)


 ぴくっと反応するメイの動きを目の端で見ていた。


「お、お嬢様は教養も作法も完璧ですからね」


 おどおどとしながらも相槌を打ってくれるメイ。


「学園なんて時間の無駄ですわ」

(エヴァリアは大貴族だし、家庭教師とか雇っておけばよさそうなのに)


 聖女に会わない作戦はやっぱり無理そうかなぁ。


「魔石商が到着されました」


 考えていると別のメイドが部屋まで報告に来てくれた。けど私の身支度はまだ整わない。


「椅子にでも座らせておきなさい」

(まだ行けないから待たせておくしかないなぁ。申し訳ないなぁ……)


 かしこまりましたと言ってメイドは下がっていった。


「髪飾りはどちらがよろしいですか?」


 さらっさらのエヴァリアの髪をゆるく結い上げたあとで、イリナが聞いてきた。


「どちらでも構わないわ」

(な、悩む……)


 エヴァリアの瞳と同じ赤い髪飾りと、純白の真珠のような髪飾り。種類は違えど、どちらも輝きを放っていてとても綺麗。エヴァリアは何をしても似合ってしまうから、悩ましいことこの上ない。


「では今日は赤い方にしますね」


 イリナはそう言うと赤い方の髪飾りを手に取った。


「できました」


 鏡の向こうのエヴァリアは、今日もとても美しかった。毎日毎日、エヴァリアのことを見つめているのに飽きるなんてことが無かった。誰よ、美人は3日で飽きるなんて言った人は。


 エヴァリアの美しさを誇りに思いながら、私は魔石商が待つ部屋へと向かった。


―――――


「レトゼイアの宝石、エヴァリア様にご挨拶申し上げます」


 メイドが開けてくれた部屋に入るや否や、弾かれたように立ち上がった青年がそう口にした。


「ご機嫌よう」


「噂通りの美しさですね。本日はルクブルグ商会にお時間をいただき、大変ありがたく存じます」


 目の前で深々とお辞儀をする青年。ふわふわの黄緑色の髪の毛に、人懐っこそうなくりくりとした瞳。それだけなら小動物的な可愛さがあるイケメンなのに、私の目の前に立つ人は、大人の緊張感や礼儀のピリッとした空気感を持っている。それは神経質そうな、とか、几帳面そうな、というのではなく、あくまで仕事として自分の職務をしっかり全うするためのスイッチみたいな、そのオンオフがハッキリしている感じ。


 ……見たことあるようなないような。知り合いなんているわけもないし、みんな初めましての人なんだけどゲームの記憶があるからか、どこか見覚えがあるように感じてしまう。


「それで……? 持って来たものを見せていただこうかしら」

(ありがとうございます。あの、魔石と土台を早く見たいです)


「そうですね、早速ですがお持ちした商品についてご説明させていただきます。あ、申し遅れました、私マシュー・ルクブルグと申します」


 以後お見知りおきをともう一度頭を下げるマシュー。


 名前を聞いて思い出した。ルクブルグ商会の3代目の跡取り息子マシューだ。商会の初代、つまりマシューの祖父が商売の才があって、一代で大きな富を築いた。国にも大いに貢献し、そのことを認められた証としてルクブルグ家は爵位を手に入れた。今も貴族には属しているから学園に籍はあるけど、彼のことを快く思わない輩も多いために、こうして実家の手伝いを言い訳にして学園にはほとんど通っていない。


 マシューはエヴァリアの2つ上だったし、ほとんど接点がなかったけれど、聖女伝説では助言やヒントをくれる人物として描かれていた。不思議の国のアリスで言うところのチシャ猫のような感じ。もちろん助言を与えていたのは聖女に対してなので、エヴァリアとは交流がないと思っていたけど、こんな裏設定……というか裏話?があったなんて。


「こちらが主な商品でございます」


 ずらりと並べられた品物を、私はひとつひとつじっくりと見た。ネックレス型やイヤリング型のアクセサリー系から、剣や弓などの武器系、食器や鏡などなど、どれも心躍るデザインだ。


 あれこれ説明するマシューの言葉を聞き流しながら、私はもう一度聖女伝説を思い返した。エヴァリアが使っていた魔法は、派手で大きくて威力が強い魔法だった。両手が開いて、容易に触れられる位置にあるものが良さそうだ。となるとアクセサリー系がよさそうだけど。


「最初に授かる魔石のサイズにもよるのですが、やはりイヤリングが一番おすすめです。大ぶりの石でも小さめの石でも美しく決まりますし」


 なるほど……。


「それならイヤリングに決めましたわ」

(じゃあ、それで)


「かしこまりました。では、デザインはいかが致しましょう? こちらのカタログが当商会で取り扱っているものになります」


 そう言ってマシューが取り出したのは分厚いファイルのような冊子だった。とてもじゃないけど、そんなの全部真剣に見ていたら日が暮れてしまう。


「お任せするわ」

(お任せで……)


「お好みのデザインなどがありましたらご参考までにお伺いしたいのですが」


「あなたがわたくしに一番似合うと思うデザインを探しなさい」

(ちょっと私にはわからないんで、本当にお任せしますから……)


「…かしこまりました」


 一瞬の間があったけど、すぐに返事をしたマシュー。あの一瞬の間は、怒りだったのか、呆れだったのか、面倒くさいという気持ちだったのか、一体何だったのかが少し気になった。


「それではエヴァリア様の誕生日の前日にお送りいたします」


「期待しているわ」

(よろしくお願いします……)


 それだけ言うと、マシューはさっさと帰って行った。


―――――


「すごく有名な方ですよ、マシューさん」


 私の髪を梳きながらメイが興奮した様子で話している。


「可愛らしい見た目も人気の理由ですが、その人に合った品物を選んでくれるんですよ」


 うきうきと話すメイの話を聞きながら、私の中で何かが引っかかっていた。思い出せそうで思い出せない。明日こそは朝イチでノートに聖女伝説の思い出したことを書き出さなくちゃ。

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