6.こんなに喋る人だったのね……
「オオオォォォ!!!!」
歓声の中心にいる、レイリーとユーリック。剣が弾かれ、地面に突き刺さった。
勝者は、レイリーだった。
「……参りました」
ユーリックの整った顔が少しだけ歪んだ。さっきまでのキツそうな訓練では平然とした顔をしていたのに。人間じゃない何か別の生き物みたいに思ってユーリックを見ていたけど、やっぱり人間だったみたいだ。少なくとも悔しいって感情はあるらしい。
「いやぁ、レイリー卿はさすがだねぇ~」
他の騎士達と一緒になって、父も母も手を叩いて楽しそうに話している。その中心にいるレイリーは、なんだか少しだけ居心地が悪そう。照れ隠しのような、バツが悪そうな。
「レイリー卿、おめでとうございます。あなたを越えられないとなると、ユーリック・シュベルトもまだまだ訓練が必要だということですわね」
(聖女伝説内でも屈指の強さを誇るあのユーリックに勝ったんだから、レイリーはもっと胸を張っていいのに、大人だなぁ)
「いやいや、今日はユーリックの調子が悪かったみたいですし」
「ご謙遜を。指導教官とは言え、その実力は素晴らしいものですね。それに比べて……、勝てない騎士に
(またまた謙遜しちゃって~。親子くらい離れてるのにすごいなぁ)
「エヴァリア嬢、これから私がしっかり訓練し、一人前の騎士にしますから」
焦ったようにレイリーが話す。
別にレイリーが焦る必要なんてないと思うのだけど、仲間想いというかなんというか。
「エヴィの言葉にも一理あるなぁ。大事な娘を一生守り通す騎士は、やはり強さがなくてはな」
「そうですけども、ユーリックのように容姿もエヴィに釣り合う騎士となると、なかなか……」
両親が困ったように相談し合っている。よく聞くと、他の騎士達にだいぶ失礼なことを言ってる気がするんですが……。あなたたちの目の前に、素晴らしい人材がいるのに、ああもう。
「
(ユーリックに勝ったんだし、レイリーがいいじゃない)
「!? いや、私など」
「
(ユーリックを選んだら死亡ルートだから、お願いだからレイリーを選ばせてください……)
「お言葉ですが、私はもう老いさらばえた訓練教官に過ぎません。それに比べて、ユーリックはこれからどんどん伸びていく未来ある者です。今はまだ実力不足とお思いになるかもしれませんが、長い目で見た時に必ずやユーリックの方が」
「
私はレイリーの言葉を遮って言った。
レイリーの言うことはもっともだった。わかっているけど、ユーリックを選べないのだから強引に押し通すしかない。
「ですが……、しかし……」
おろおろとしながら口ごもるレイリー。大人の余裕が崩れたように思えて、なんだか可愛げがある。口元が緩んでしまいそうになったので、慌てて口元を扇子で隠した。
「エヴィ、専属騎士とは実力はもちろんだが、社交パーティーやなんかに必ず同行する相手だ。催事によってはパートナーになることもあるだろう」
「存じておりますわ」
諭すように話し始めた父に、私は扇子を口元に置いたまま食い気味に答えた。
「
(とにかくレイリーがいいんです。誰か味方になって……)
すいと視線を移すと、母は少し困ったような表情で小首をかしげていた。
「そうねぇ。確かにエヴィの言うことも正しいのよね」
言葉を濁す母。
……というか、エヴァリアの両親ってこんな感じだったっけ? エヴァリアの言うことは全て従うというか、叶えてあげる人達じゃなかった? だからエヴァリアが悪役令嬢なんかになったんじゃなかったっけ? もっとすんなり説得できると思ってたのにこのままだとマズイ。どうしよう。
「ユーリック、あなたもレイリー卿が私(わたくし)の専属騎士に相応しいと思いますわよね?」
(誰か、誰でもいいから、この場を説得して……)
や、待って。ユーリックに聞いてどうするの。私、残酷じゃない……? 負けた相手にどうかなんて聞くのって。……ちょっと悪役っぽい。あ、私、悪役令嬢だったか。
黙っているユーリックに視線を投げたけど、イケメン以外の感想が出なかった。エドワードが王子様としてのイケメンだから、ユーリックは少し影のあるようなどこか儚い雰囲気が漂うイケメンで、ファンからの人気も高かった。
聖女伝説の中では聖女と距離を詰めるエピソードで、幼少期について触れている。とても可愛がっていた妹を突然病気で失ってしまったことが、ユーリックにとって大きなトラウマになっていて、それを聖女が親身になって話を聞き、ユーリックの弱さを認めてあげることで、彼は聖女に惹かれていくようになるという部分。ぐっと来るシーンだったからよく覚えている。覚えているけど、エヴァリアの私が使える情報じゃない。
それにしても、黙っていても画になる人間ばかりで、溜め息しか出ない。
「模擬戦とは言え、私が負けたことが事実です。それはレイリー教官に実力が及ばなかったということ。負けておいて、そのレイリー教官を差し置いてエヴァリア様の専属騎士になることなど、私にはできません」
ユーリックがこんなに喋るのは初めて聞いた。いや、実際に見るのはもちろん初めてだけど、聖女伝説の中でも長いセリフはその回想シーンくらいだったから。
「専属騎士制度は、主となる方が望んで騎士を選んでくださる大切な行事です。エヴァリア様は私ではなくレイリー教官を選んでらっしゃいますから、レイリー教官が専属騎士になられるのがよいと思います」
差し出がましいことを話して申し訳ありません、と添えてユーリックは一歩下がった。
ハッキリと意見するなんて思ってなくてびっくりした。適当に、私の援護をしてくれればいいな、くらいだったのに。聖女伝説内でエヴァリアが様々な意見を求めても、ユーリックが何かを返したことなどなかったのに。
でも助かった。
「そういうことですわ」
パチンと音を立てて扇子を閉じると、レイリーがハッとした様子で私の前に跪いた。
「このような老騎士を選ぼうとしてくださり、大変有難く思います。エヴァリア様のご意思を蔑ろにするような発言の数々をどうかお許しください。来月のエヴァリア様の誕生日にて、私とユーリック、どちらが選ばれても良いよう切磋琢磨し、訓練を重ねて参りますので、どうかその姿を見て判断なさってください」
ユーリックを選ぶ余地は残しつつの言葉だけど、今のレイリーはそう言うしかないんだろう。
「そうだな、あと1ヶ月、各々の訓練により一層励むように」
父がまとめたことで、他の騎士達も動き出し、それぞれの訓練に戻って行った。レイリーとユーリックも私達に一礼をすると訓練を再開した。
去り際、ユーリックの冷たく光る瞳が気になったが、気のせいだということにしてまだ不満そうにあれこれ言う両親と本邸に戻った。
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