5.肝心なところ見てなかった……
「さてさて、エヴィに釣り合う騎士はどこかな」
私よりもルンルン気分の両親が、キョロキョロしながら訓練場を見渡している。
本邸の陰になるように作られた訓練場は殺風景で、さっきまでの華美な世界とはまるで違う場所だった。騎士達の様子は例えるなら熱血野球部のような様相で、教官のゲキを受けて、実技や体力づくりなど様々な訓練を行っていた。
そんな人たちがたくさんいる場所に、私と母は着飾った格好で日傘なんて差しちゃって、とんでもなく場違いだ。恥ずかしさがこみ上げてくるのに、エヴァリアは涼しげな顔をして、扇子なんかで口元を隠したりしている。
「エヴィ、ほらほら! あそこの銀髪のがユーリックだよ」
父がキラキラとした顔でユーリックを指をさしている。他人様のことを指でさすんじゃありません。大貴族の公爵がこんなことでいいのかなぁ。
気を取り直して、父の指さす方に目をやれば、そこには他の騎士達が全員じゃがいもに見えるくらいのイケメンが。顔の周りに花が咲き乱れている少女漫画的デフォルメが脳内補完されて見えた。
模擬戦、というのだろうか。ユーリックは訓練用の木刀を構えて、何人かの騎士達と剣を交えている。が、強さは一目瞭然で周囲の騎士などまるで相手になっていなかった。素人の私が見てもわかるくらい、力の差はハッキリとしている。ユーリックが強すぎるのだ。
あんなに端正な顔立ちで、繊細そうに見えるのに腕が立つとか流石のスペック、としか言いようがない。
「どうだエヴィ、専属騎士はユーリックにしたくなって来たんじゃないか?」
「あの強さがあればエヴィのことをしっかり守ってくれそうですものね」
きゃいきゃいと会話を弾ませている両親に、なんて言えば諦めてくれるだろう。確かにユーリックはイケメンだし、おまけに最強に強いから、彼に任せておけば安心!と思う両親の気持ちはわかるのだけど。聖女伝説を読んでいなかったら、私だってユーリックを選びたかった。けど、エヴァリアにとっては選んではいけない選択だ。
ユーリック以外で誰か、もっと強くて両親も納得しそうな騎士はいないか……。これだけの騎士達がいるんだから、1人くらいいたっていいじゃない。
「エヴァリア嬢、専属騎士にするんでしたらやはりユーリックがおすすめですよ」
目を皿のようにして騎士達を眺めまわしていると、不意に上から声が降ってきた。
見上げると訓練教官のレイリー・バーグだった。
「ご機嫌よう。あんな貧相な騎士がおすすめですって?」
(こんにちは。選びたいのは山々なんですが他にいないもんですかね……)
「しっかり鍛えていますから、見た目に反してしっかりしてますよ。それに剣の腕前だってユーリックの右に出る者はそうそうおらんでしょう」
愉快そうに笑いながら話すレイリー。バーグ家は代々騎士を育成する誇り高き家系だ。国王や大貴族たちの専属騎士になる人材を育成してきたレイリーが言うのだから、ユーリックは素晴らしい騎士なのだと思う。
こんなにオススメなのに選べないって、なんて苦しいのだろう。
「私達もユーリックが良いと思うんだが、エヴィがなかなかうんと言わなくてね」
「レイリー卿、他の騎士ではどうです?」
両親が一応といった感じで聞いてみるが、レイリーは首を横に振った。
「いいや、ユーリックが一番ですね。あいつは頭一つも二つもずば抜けてるんです。……ユーリック! こちらへ」
レイリーが一声かけると、すぐにユーリックはこちらへ駆け寄ってきた。
「エヴァリア嬢、これがユーリックです」
「エヴァリア・レトゼイア様にご挨拶申し上げます。ユーリック・シュベルトです」
無機質で落ち着いた声色が私の耳に届いた。飾り気のある言葉なんかひとつもなく、それが騎士らしいと言えば騎士らしい。ユーリックは聖女伝説でも無口なキャラクターだった。ほとんど影のようにエヴァリアの側にいて、必要最低限の会話しか交わさなかった。
「ご機嫌よう。あなた、強いんですってね?」
(あ、ど、どうも。さっきの模擬戦、すごかったですね)
「いえ、そんなことは」
「謙遜なさらなくってもいいじゃないですの。レイリー卿とあなた、どちらがお強いのか、
(いやいや、強いですよね。レイリーとどっちが強いんだろう……)
「エヴァリア嬢、ご冗談を。こんな老いぼれは相手になりませんよ」
「いいや、そんなことないだろう。王国一の剣の使い手と新進気鋭の騎士の対決なんて、胸が躍るじゃないか」
「そうですわ。……誰か、観戦用のお茶の用意を」
謙遜するレイリーをよそに両親がノリノリになってしまった。母はメイドたちにお茶と軽食を用意させて、もう観戦する気満々だ。父も座り心地の良い椅子を用意させ、対決を今か今かと待つその目は少年のように輝いている。
「……わかりました」
ため息こそつかなかったものの、やれやれといった様子でレイリーは了承した。
レイリーは確かアラフォーくらいの設定だったはず。他のキャラクターは若くてイケメンばかりだけれど、レイリーだけはかなり年上の設定で登場していた。それは訓練教官という立場に貫禄を付けるためだと思うのだけど、実際こうして目にしてみると十分すぎるほどのイケメンだ。短い髪には白いものが混じってはいるが溌溂としているし、大人の色気というのか、とにかく他の薄っぺらいイケメンにはない人生の厚みのようなものを感じる。筋骨隆々で、レイリーと比べると他の騎士達はとても貧相に見えた。
聖女伝説に出ては来るものの、ユーリックの説明のためといった感じで出番は少なかった。だからこんなにも生き生きとしているレイリーを見ていると、この人にもこの人の人生がちゃんとあるんだ、って当たり前のことに何故だがびっくりしてしまった。
「ユーリック、準備はいいか?」
「……いつでも」
訓練場の真ん中。他の騎士達の訓練を中断し、円形に2人を取り囲む形でギャラリーは形成された。短く言葉を交わしている2人が、今この場を支配している。
一呼吸置いた後、2人は剣を振り始めた。ユーリックが先に仕掛けて、レイリーに飛び込んでいく。ユーリックは右へ左へ剣を振り下ろすが、レイリーは容易くいなしている。何手も振り下ろすが、その全てをいなし、かわして距離を取った。
次はレイリーが仕掛ける番だった。真っすぐ強く剣を振ったかと思えば、細かく突きを入れたりと、多分技術的に高いことをしているんだと思う。私の目と、語彙力ではそれを表現する言葉がないのがもどかしい。
ギャラリーからも野次や応援の声が飛び交い、両親は手に汗を握りながら食い入るように観戦していた。私はというと、ユーリックではなくレイリーを専属騎士にするのはどうだろうかと考えていた。ユーリックと同じくらい強くて、大人の色気もあって、人生経験が豊富で、物語に干渉しすぎていない人物って優良物件では……?
「オオオォォォ!!!!」
ひと際大きな歓声が上がって、私は我に返った。
どうやら決着が着いたようだ。手から離れて空を切り裂いていた剣が、どさりと地面に落ちた。
勝ったのは……?
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