4.こんな両親だったの……?

・エドワードは来年の学園入学後聖女に恋をして、聖女をいじめていたエヴァリアと婚約破棄をし、学園から追放する→エドワードを追いかけない、聖女に近付かない、そっと婚約破棄をする。


 とりあえずエドワードは私の誕生日までは会うことがないから、これからについてはこのくらいでいいか。


 うーん、と、大きく伸びをする。昨日布団に横になった瞬間夢の中に落ちていた。さっきまで山田ハナコだったのに急にエヴァリアになっちゃって、でもどっちの記憶もあるし、もうぐっちゃぐちゃで疲れちゃったのよね。それにこの布団の寝心地と言ったら。高級寝具でもなかなか味わえないような贅沢な寝心地。いつ干したのかもわからない煎餅布団で寝ていたのを思うと、ありがたすぎて涙が出そう。


 このまま惰眠を貪っていたかったけど、どうせまた日中はあれこれ予定があって時間がないに決まってる。だからそうっとベッドから起き出して、ノートに覚えていることやこれからの対処について書き起こしていた。


 窓からは眩いばかりの朝日が燦々と降り注いでいる。初夏の気持ちのいい天気だ。窓の外に広がる美しい庭園ではバラやダリアが大輪の花を咲かせている。花弁に光る水滴が反射して宝石のように輝いている様子は、本当に美しいと感じる。花なんて愛でる心が自分にあったことに驚きだ。


コンコン−−−。


「どうぞ」


 控えめなノック音に了承の言葉を投げると、その扉から顔を出したのはメイとイリナだった。


「お、おはようございます、お嬢様」


 メイは昨日と同じおどおどとした様子で朝の挨拶を私に告げた。


「朝食のための身支度をお手伝いに参りました」


 イリナが堂々とした様子でメイの言葉を引き継いだ。


「さっさとして頂戴」

(あ、よろしくお願いします)


 もう、どうしてこういう言葉に変換されちゃうかな。普通にコミュニケーションが取りたいのに。


 椅子に座ると、洗顔や着替え、髪を結って簡単な化粧と、テキパキと動く2人のメイド。昨日はやっぱりエドワードだったからあんなに気合が入っていたのね。今日は普段着というか、いつもの装い、みたいな感じの支度だった。とは言え、エヴァリアの美貌ではどんなに簡単なドレスでも化粧でも、魔法のように美しく似合ってしまうのだから不思議だ。


「お待たせしました。では、お部屋へ案内します」


 イリナがさっと立ち上がり、私を先導していく。中世のお城みたいな広さのこの家は、エヴァリアの記憶がなかったら絶対に1人で歩けないなと改めて思う。こんなに広い家なのに、エヴァリアはいつも1人ぼっちだった。この邸宅を維持するためのたくさんの使用人たちに囲まれて、家は大貴族で大富豪、何一つ不自由なく思える暮らしだったけど、エヴァリアは子供でいられた時期が短かった。それは仕事で多忙だった父と、社交界で絶大な権力を握っていた母が、それぞれの理由でほとんど家にいなかったからだ。その2人がエヴァリアの家族だったのに、兄弟姉妹もなく、大きな家の中で大人に囲まれて、1人エヴァリアの寂しさが胸に流れ込んでくる。


 去年くらいから父の仕事も一応は落ち着きを見せ、母も社交界での確たる地位を固められたことで頻繁にパーティーへ出向かなくなり、こうして食事を共にすることになった。だけど朝から妙に落ち着かない。エヴァリアは幼少期に一緒に過ごしてくれなかった両親に対して悲しみと憤りの感情を抱いているから。まだまだ子供なんだ、エヴァリアだって。


 一生懸命背伸びをして大人ぶっているけれど、大人になんて成りきれていない。だとしても今更子供らしい振る舞いだってできやしない。そんな気持ちを埋めていたのがエドワードの存在だったんだから、向こうがなんとも思ってなくても執着してしまうのかもしれない。


 ま、私はエヴァリアじゃないし、エドワードは諦めよう。確かに顔はいいけど、エヴァリアに冷たいもんね。それにどうせ聖女に心変わりするんだし、追っかけたところで無駄よ、無駄無駄。


「旦那様も奥様も、もうご着席なさっています」


 そうイリナが言って扉を開けた。


「おはようございます」


 私は完璧な礼儀作法でスカートの裾をつまみ上げ、卓についている両親に朝の挨拶をした。


「エヴィ、おはよう。そんな堅苦しい挨拶、家族だものいらないわよ」


「そうだぞ、パパとママの前くらい、気を抜いていいんだぞ」


 そういう両親は娘の前にも関わらず、距離が近い。こんなにラブラブなのに、どうしてエヴァリア以外の子供ができなかったのか謎すぎる。


「昨日はよく眠れたか? 疲れたと言って部屋にこもっていたそうじゃないか。具合はもう大丈夫なのか?」


「必要ならお医者もすぐ呼べますからね。食欲はあるかしら? 熱は? 咳や痛みはない?」


 こんなにも過保護というか、エヴァリアに干渉するのは幼少期に構ってくれなかった反動なのだと思う。いや、でもエヴァリアの記憶は小さい頃から、両親はずっとこんな感じだった。


 2人の目には心からの心配と不安が映っている。こんなにわかりやすく、わかりやすすぎるくらい愛情を注いでくれているのにエヴァリアはどうして気がつかなかったんだろう。恥ずかしくて認めたくなかっただけ? なんにしてもエヴァリアの記憶や感情は、両親のことをよく思っていない。……もしかして反抗期?


「ありがとうございます。そんなにご心配なさらずとも大丈夫です」


「そんな他人行儀なふうに言わなくても……。パパ、悲しい」


「ママも悲しいわ」


 小芝居じみた仕草で言われて、思わず口元が緩んでしまった。


「おっ、エヴァリアが笑ったぞ!」


「久しぶりに見ましたわね。ねぇ、料理長にとびきりのスイーツを用意するよう伝えて?」


「あと最上級のステーキも焼くようにな!」


「そんな大袈裟な……」


 両親の前では私が思った通りの言葉が言えることに気がついた。反抗期なら両親の前でこそ悪役令嬢ゼリフを並べなくちゃいけなそうなのに。


 両親をなだめて、ようやく朝食を始めた時、不意に父が口を開いた。


「ところで、エヴィは専属騎士はもう決めたかね?」


「来月でエヴィも15歳ですものね。気になっている騎士くらいはいるのかしら」


 専属騎士。一生主人の側で、主人を守り、主人と生きるのが専属騎士で、一人前の貴族として認められる15歳の誕生日に契約を結ぶのがしきたりだった。


「ユーリック・シュベルトなんてどうだ。代々騎士の由緒正しい家柄だ」


「年の頃もエヴィと近いし、とてもいいと思うわ」


「そっ、それはダメです!」


 ユーリック・シュベルト。聖女伝説内で、エヴァリアの専属騎士として名を馳せた男だが、例に漏れず聖女に恋をして、最終的にエヴァリアを裏切り、ユーリックは主人を裏切ったことで処刑されてしまうという不憫なキャラクターだ。すらりとした高身長、輝く銀髪は短く切り揃えられ、剣を振るほどに流れる汗さえ数多の女子を魅了する。


「早く決めてくれた方が、パパは安心なんだが……」


「そうですねえ。……じゃあ今日は騎士達の訓練場に行きましょう。そこでエヴィに見合う騎士を探そうじゃありませんか」


「おお! それはいい案だな。こうしちゃおれん、仕事を片付けてくる」


 食事もそこそこに、父は慌ただしく部屋を出て行った。その横顔は見るからに嬉しそうで、これから遠足に行く子供みたいな笑顔だった。


「パパったらあんな嬉しそうな顔しちゃって」


 そう言う母の顔も幸せそうに微笑んでいる。


 どうしてこんな素敵な両親なのにエヴァリアは悪役令嬢になんか育ってしまったの。なんだか場違いなほど、のほほんと癒されるような温かい家族のやり取りを目の当たりにすると、エヴァリアのことがよくわからなくなる。こんな両親なら、エヴァリアだってもっとお気楽な令嬢に育っても良かったはずなのに。


「ほら、エヴィも準備なさい。レディとしての身だしなみをしっかりね」


 デザートのプリンを食べていたら母に広間を追い出されてしまった。扉の外に待機していたイリナが、私を部屋へと誘導し、他のメイドと一緒にまた昨日みたいな身支度を一斉に始めた。


 もっとプリンを食べたかったな、と思いながら、心を無にして目の前のメイドたちの動きを眺めることにした。

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