3.食い意地張ってるって思われたかな……

「今日も美しい私の深紅の薔薇よ」


「……ごきげんよう」


 吹き出しそうになったのをぐっと堪えた。この破壊力は凄まじい。ゲームの世界でなら、そういうものとして受け入れられる。けれど面と向かって、私のことを真っすぐ見つめたまま真顔で言われると、こんなにもサムイものなのか。気持ち悪いを通り越して笑ってしまいそうだ。


 ようやく身支度のメイドたちから解放され、一息つく間もなく応接室まで連れて来られた。ドアを執事が開けた途端、豪華なソファに座っていたエドワードがスッと立ち上がり、私に向かってそう言ったのだった。


 寒々しいキザなセリフと、見たこともないような3D のイケメンというこの非日常感。エヴァリアの人間離れした美しさを見た時もそうだったけど、やっぱり私はゲームの世界に来てしまったんだということを思い知らされる。ゲームなら何回でもやり直しができた。ゲームならわざと間違えることもできた。ゲームならどんなサムイ言葉でも受け入れられた。でも実際に今目の前で繰り広げられているわけで、これがきっと私山田ハナコの日常になっていってしまうわけで、人生の道半ばで事故に遭ったり、罪に問われたり、処刑されたりなんてことは避けなければならないわけで。


 エドワードの整った顔を見ながら私は、そんな現実的なことをよくよく考えていた。


「どうしたんだい? 今日はやけに私の顔を見つめて来るじゃないか。そんなに私が恋しかったのかい?」


 エドワードが私の視線からさりげなく逃げて、そんなことを言った。エドワードはエヴァリアのことを何とも思っていないはずなのに、よくもまぁペラペラと出るものだ。文字にすると嫌味な雰囲気なのに、エドワードの美貌から放たれる言葉は多くの女性を虜にしてしまうんだろう。そんな威力がある。


 口を開いたらきっと余計なことを言うだろうから、私はしゃべりたい気持ちを我慢した。


 私とエドワードが席に着くなり、メイドたちがお茶の用意をし始めた。白いクロスがかけられたテーブルに続々と並べられていくお菓子の数々。ブルーベリーに見える青い実がメインのお菓子ばかりで、タルトやケーキやムースなんかが綺麗に盛り付けられていた。高級ケーキ店で見るような、キラキラとした輝きを放っていて目が離せない。


 朝から何も食べていないんだもの、そりゃこんなにも食べたくなるって。


 そう自分に言い訳しながら、エドワードのことは考えないようにして一番手前のタルトにすぐさま手を付けた。大きく一口、フォークですくったつもりだったけど、エヴァリアの完璧な食事作法によって、小さな一口を自分の口に運んだ。


 やっぱりブルーベリーだ。噛めばプチっと甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がる。知っている味にホッと安心する。知っているけど知らない世界に来て、一人ぼっちだなんて思う間もなくここにいるんだもの、こんな複雑な気持ちにもなるよね。空腹も相まって、ほんの小さな一口だったけど、それだけでなんだか涙が出そうになる。


 感動しながら無言でタルトを食べ終わり、ケーキ、ムース、スコーンにはジャムをたっぷりつけて、と、次々に食べていく。エヴァリアは成長期だからなのか、若いからなのか、甘い物をこれだけ立て続けに食べてもまだ平気みたいだ。新鮮なブルーベリーと、たっぷりの生クリーム、クリームチーズの濃厚さ、華やかな紅茶の香りを存分に堪能する。


「今日の私の深紅の薔薇は物静かに、お茶を楽しんでいるのだね」


 そうだ、エドワードが居たんだっけ。目の前のお菓子に夢中で忘れていた。エドワードは爽やかな微笑みを浮かべていた。でも視線は私を見ていなかった。それだけで、エヴァリアのことを愛してないってことがよくわかる。エヴァリアはなんでこんなキザったらしい男を好きになったんだろう。確かに顔はいいけど。


「あら、エドワード様がいらっしゃることを忘れてしまっていましたわ。まるで白亜の彫刻みたいに黙っていらっしゃったから」

(ごめんなさい、居たんですね。すっかり忘れてました)


「ゆっくりとした時間が過ごせたから、僕はそろそろ帰るよ」


「紅茶もお飲みになっていないのに、それでお茶の時間を過ごしたと言えるのかしら」

(いくらエヴァリアが嫌いだって言ったって、お茶くらい飲んだらいいのに)


「これでも多忙なんだ、許してくれ。次に来るときは誕生日プレゼントを用意しておくから、楽しみにしていていいよ」


「乙女の心は移ろいやすいものですの。また次にお目にかかる日に同じ気持ちとは限りませんのよ」

(いや、もう来ない方がお互いのためになると思うんですけど……)


「ふふ」


 エドワードが急に笑った。それまで予定調和みたいな、それこそそう言うことが台本で決められていたかのように言葉を発し、表情を作っていたエドワードの完璧さが、少し崩れた。


「今日の私の薔薇は、なんだかいつもと違っていたみたいだね」


「蕾が明日には花開くように、雛が明日には飛び立つように、日々変わっていくものですもの」

(そりゃエヴァリアの行動を変えていかないと長生きできないので)


「次に会う時が楽しみだよ」


 エドワードはそう言うと、エヴァリアの美しいブロンドの髪の毛をひと房手に取り、そっと口づけをした。


 アニメでよく見る紳士な仕草が、ほんの数十センチ先で繰り広げられている。エドワードの睫毛がキラキラしてとても長い。しなやかな指先が、私の髪の毛をそっと包んでいる。こんなに近くに男性の顔があったことなんて私には経験がないことなので、固まる以外に方法がなかった。


 クスっと笑って応接室を出て行くエドワード。硬直したまま、その後ろ姿を眺めていた。


 姿が見えなくなってようやく、私はへなへなと椅子の背もたれに身体を預けた。イケメンの威力、やばい。今までにエヴァリアにそんなことをしてくれたことがあったっけ? エヴァリアの記憶を探ってみるけれど、それらしい思い出は何一つなかった。一体どうして、今日に限ってエドワードは表情と言葉を崩して笑ったんだろう。まるでわからない。


 わからないけど、とにかく疲れていたことは確かだった。状況を整理する時間と、一人でこれからについて考える時間がほしい。


「用がないから、もう部屋へ戻るわ」

(疲れたから休みたいんですけど……)


 紅茶を注いでくれていたメイドにそう言って、私は席を立った。


 部屋の外にメイが待っていた。


「私は休むわ。誰も部屋に入れないで頂戴」

(少し休みたいので、そっとしておいてください)


「あ、あの、どこかお身体の調子でも悪いんですか? いつもでしたら、これからジュエリーショップやブティックに行かれるのに……」


 家が大貴族のエヴァリアは好き放題にお金を使っていたんだっけ。エヴァリアがどれだけ散財しようとも傾くことのない財力があるのはありがたいことだけれど、もうこれ以上、私は脳内に新たな情報を入れたくない。


「放っておいてくれて結構よ。私が呼ぶまで誰も開けないで」

(とにかく今は一人の時間が必要なんで、気にしないでください)


 そう言ってバタンと部屋のドアを閉めた。


 そのままベッドへダイブする。ふかふかの布団が私を優しく包み込んで、まどろみへ誘おうとしてくる。


 綺麗なドレスも、ネックレスも、イヤリングも、髪飾りも、エドワードのことも、食べ物のことも、人間関係のことも、これから起こるであろうイベントの数々も、今は何も考えたくなくて。甘い物で満たされた胃袋と、甘美な眠気を抱えながら、私はこれからの計画をうつらうつらと考えた。

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