第26話 隠れた人材

 どうやら烏野は、粘喝高校のカリスマ女子エースを知っているようだ。


「烏野、もしかしてあいつと関わりがあったのか? 中学のときに同じチームだったとか?」


 利尻先輩も興味を示してきた。


「ええ、そうなんですよ。彼女はーー小平常子こひらつねこさんは、私の二つ上の先輩なんです。非常に優秀なレフトでしたよ」


 えっ? 小平はピッチャーじゃないのだろうか。


「本当か? どう見てもピッチャーにしか見えないが……」

「レフトが専門なら、どうしてレフトを守っていなかったんだ?」


 桐原先輩と利尻先輩は納得がいかないような顔をした。


「それは私にもわかりません。とにかく、小平さんはトップレベルの選手です。たとえ専門外だとしても、他のどの粘喝高校の選手よりもまともなピッチャーでしょう。これは気をつけてかからなければいけませんよ」

「なるほど。よし、谷井たにい、気をつけろよ!」


 桐原先輩は次のバッターである9番の谷井に声をかけた。


「はーい!」


 谷井はあまり危機感のなさそうな、間の抜けた返事をした。


「谷井先輩はわかってませんね。あれでは三振になりますよ……」


 烏野はやれやれというように首を振った。


 小平の一球目。烏野や利尻先輩に比べるとかなり見劣りするが、それでも粘喝の先発よりははるかにましなストレートだ。


「うわっ!」


 油断していたのだろう、谷井は案の定空振りした。


「何をやってるんだ! そいつは思ったより大したことはないぞ! 落ち着いてやればすぐに打てる!」


 ……利尻先輩の言うことは、利尻先輩にとっては正しい。でも……


「谷井レベルになると……」

「あの程度の球を打てるかは……」

「微妙なんだよなぁ……」


 これは上から僕、烏野、桐原先輩の談である。そもそも谷井は9番、やっとレギュラーに入っているだけの人物で、そこまで実力があるわけではないのだ。都楽高校レベルになると下位打線までそれなりの戦力がいるのだけれど、近山高校は残念ながらそうではない。


そんなことを考えているうちに、小平は二球目を投げていた。あまり曲がらないカーブだが、それでもなんとかストライクゾーンに入った。なぜか谷井は見逃した。


「谷井先輩、まさか小平さんがカーブを投げられるとは思っていなかったみたいですね。でも、それはちょっと甘いですよ……!」


 烏野の目が輝いてきているような気がする。彼女はどちらの味方なのだろうか。裏切られているような気がする。


 小平の三球目。あの谷井のことだ、三振かーーと思ったら、バットの端の方でなんとか捉えた。でも……


「だめだこりゃ。ボテボテのショートゴローー」


 利尻先輩は頭を抱えた。打球は完全にショートの正面だった。ショートは勝ち誇ったように一塁に送球した。


「……うんうん、これが粘喝高校なんだな……」


 ところが、利尻先輩は呆れたようにそう言った。それもそのはずーー一塁手は、ボールを後ろにそらしていた。

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