第25話 一方的
カキーン!
7番咲本が、完璧に粘喝のピッチャーの初球を振り抜いた。もともと勢いのなかったボールは、咲本に思いっきり反対方向に力を加えられ、猛スピードで内野に外野を次々と越えて、余裕でフェンスも越えた。
「うえーい! ホームランだぁ!」
と咲本は叫び声を上げながら、まるでランニングをするかのようにベースを一周した。
「おめでとう咲本。でも、あまり最初から力を入れて打つなよ。つなげばいいんだからな。いくら相手が弱いからといって、疲れてきたら抑えられてしまうぞ」
桐原先輩が咲本をたしなめた。
「ええー。いいじゃありませんか。こんなに好きなだけホームランが打てる機会なんて、そうそうありませんよ。僕は都楽高校戦でも無安打だったんですから、ちょっと爆発させてください。ていうか、どうなったら僕に打席が3回も4回も回ってくるんですか。こんな試合は1回コールドですよ」
確かに咲本の言う通りだ。粘喝高校はどうやってもアウトを取れそうにない。
「そもそもですよ先輩、こんな雑魚高校と試合を組んだ先輩も先輩ですよ。この試合は時間の無駄です。僕たちは都楽高校戦で疲れているんですから、早く帰って休んだほうがいいんじゃないですか」
実はそうでもないんだな。
「いや、この試合は俺が組んだものじゃないんだよ。桜岡先生と粘喝高校の先生が仲が良くて、その影響で俺たちは定期的に粘喝と試合をすることになっているんだ」
向こうのほうでは、桜岡先生と例の粘喝高校の顧問が、肩を寄せ合って雑談している。あまり野球を真面目に見ているようには見えない。
「ひえーっ。じゃあしょうがないですね。後で桜岡に文句を言いに行きましょう。でもやっぱり、これでは1回コールドですよ」
ちょうど8番の横山が、こちらの目論見通りにシングルヒットで出塁した。まだまだ近山高校の攻撃が終わりそうには思えない。
そのとき、粘喝高校のベンチから大きな声が聞こえた。
「おい、
声の主は体格のいい女子選手だった。彼女はずかずかとマウンドまで歩いていき、早くも自責点7となっている粘喝の先発投手、平澤の胸ぐらをつかんだ。
「違う! 俺のせいじゃないんだ! 俺の自責点はゼロだ! 全部エラーを連発する守備陣が悪いんだ!」
平澤は必死に言い訳をする。
「よく言えるわね。ホームランを3本も打たれたくせに。ほら、あなたは用済みよ。ベンチに下がりなさい」
あっという間に彼女は平澤と無理やり交代してしまった。
「あっ! あの人は……!」
こちらのベンチで、烏野が何かに気付いたように小さく叫んだ。
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