第16話 烏野の変貌

 翌日。僕たちは都楽高校のグラウンドに来ていた。都楽高校は格上なので、こちらから訪問しているわけである。このあと都楽高校との試合が終われば、近山高校のグラウンドに戻って、粘喝高校と対戦するわけだ。


 近山高校の選手たちがウォーミングアップを始めている中、烏野だけが数人のメンバーに囲まれている。


「いや、ですからね、野球部というものは坊主頭で毎日を過ごすのが常識なわけなのですよ。いわば野球部のアイデンティティでしょ。私は野球部として当然のことをしたまでです。何を文句を言われる筋合いがあるのでしょう」


 実は、今日の朝、烏野の頭は完璧なる丸刈りになっていたのだ。見方によっては、丸刈りを超えて坊主頭と言ってもよいほど髪がなかった。


「しかしな、このことはちゃんと我が校の校則に書いてあるはずだぞ。第7条第2項ーー『すべて近山高校の生徒は、自由に自らの髪型を決定する権利がある』とな」


 試合ということで一応監督としてやってきている桜岡が苦言を呈している。


「ええっ、だってそんなの、読むわけないじゃないですか。あの校則表、何ページあると思ってるんですかーー隅から隅まで読む暇なんてありませんよ」 

 

 確かにそうだ。近山高校は校則が詳しいことで有名なのだ。校則表はおそらく50ページを超えるだろう。部活動則とか生徒会則とかを合わせた冊子全体では100ページを超えるはずだ。


「で、でもな、そんなに自分で勝手にやらなくてもいいだろ。せっかく昨日まではいい髪型をしていたというのに」


 利尻先輩も、慌てた調子で桜岡に同意を示した。


「なんですか利尻先輩。まるで丸刈りの女子は魅力がないというような言い方ですね。セクハラで訴えますよ」


 烏野はにべもなく利尻先輩を切り捨ててしまった。


「うん、あれだよ。烏野はおそらく、並大抵ならぬ理由があって髪型を変えたんだ。だからあんまり詮索してはいけないんじゃないかな」


 桐原先輩はこの中では一番ましなコメントをしているけど、烏野は(わかってないなぁ)というような顔をしている。


「よし、みんな、烏野の髪のことはどうでもいいから、集まって! 今日の作戦とかを発表するよ!」


 みんながしぶしぶ僕の周りにやってきた。


「まず、昨日も言った通り、先発は烏野だよ。でも打たれたら利尻先輩に代わってもらう。今日は少しでも相手の研究を外すために、一年生もどんどん使っていくよ」


 一年生たちが揃って驚いた表情になる。本当は、レギュラーの一年生は烏野とライトの多賀、サードの梶谷かじたにだけなのだけど、僕は何人かの一年生を交代で投入するつもりだ。どうせ勝てる試合でもないし、ある程度点差をつけられたところで一年生に打たせ、経験を積ませようという寸法だ。


 でも、僕もただで大差で負けるつもりはない。いくつか考えていることがあるのだ。


「で、ここからが今日の作戦の本題なのだけど……」


 僕は少し声のトーンを落とした。

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