第12話 大川、本性を現す

「よーし、じゃあお前ら、今からボールの投げ方を解説するぞ!」


 利尻先輩はノリノリで指導を始めた。


「といっても、まずはキャッチボールからなんだけどな。よし、中海、ちょっと手を貸せ」

「ええっ!? 僕にやらせるんですか……まあキャッチボールくらいなら、できなくはないですけど……」


 烏野でも呼んでくればいいものを……とは思うが、しょうがない。僕はグローブを付ける。


「ほらよ」


 利尻先輩がこちらにボールを投げてくる。僕はそれを胸の前でキャッチして、投げ返す。


「……って、こら、君たち、僕の方を見るな! 僕のフォームは何も参考にならないんだ! 利尻先輩を見ろ!」


 だが、利尻先輩はにやにや笑っているだけだ。笑いすぎてちょっとフォームが崩れている気がするが……。


「しかし、俺は単に投げているだけだからな。一年生には何も面白くないだろう。でも中海、お前は上半身だけで投げているからな。まったく、どうやって覚えたんだ?」

「さあ……独学ですよ。先輩の自主練に、ときどきつきあわされるからじゃないですか?」


 とにかく、もう五往復ほどボールを投げ合う。ーーと、そこで利尻先輩が、あらぬ方向へボールを投げた。ボールは花野がいる方へ飛んでいく。


「きゃっ?」


 花野は慌てて避ける。


「おいこらーーって、あれ?」


 利尻先輩は首をかしげた。それもそのはず、花野も隣の大川も、まだグローブをつけていなかったのだ。


「……うん、今の行動は正解だな。実は今のは、試合中にベンチにファールボールが飛んできたときのための練習だったのだ。そういうときには、とっさに避ける必要がある」


 おそらく利尻先輩は飛んできたボールをとっさに捕れるかどうかを試したかったのだろうが、一年生がグローブを持っていなかったので不発に終わったようだ。一年生の二人は空気を読んで、みずからグローブを取りに行く。


 だが、利尻先輩は今の出来事で、すっかりやる気をなくしてしまったらしい。


「よーし、お前ら、準備はできたな。じゃあボールを渡すから、各自で投げ合ってみろ」


 投げる係を丸投げしてしまった。しかし、初心者同士でちゃんとしたキャッチボールができるのだろうか。不安でしかない。


「それじゃあ、いくよ!」


 花野がボールを投げる。なかなかいいコースだーーだが、なぜか大川は取ることができなかった。ボールはグローブに当たっただけで、地面に落ちてしまう。


「おい、何をやってる! これしきの球は取れて当然だぞ!」


 利尻先輩が発破をかける。大川は「ひええ、すいません……」とか言いながら慌ててボールを投げ返す。でも慌てているから若干暴投気味だ。


「わわっ!?」


 それでも花野は、伸び上がってなんとかキャッチする。


 二球目を花野が投げる。ーー今度は大川もちゃんとキャッチした。大川はにやけながら投げ返そうとする。だが、ここで利尻先輩がパンパンと手を叩いて、それを止めた。


「ちょっと待て、花野、今手を抜かなかったか?」

「へ? いや、そんなことはないですが……」

「いやいや、見てればわかるんだよ。今の二球目、大川が取れるように、わざと遅く投げただろう? それでは大川の練習にならん。本気でやれ、本気で」

「はい……」


 改めて花野が投げる。ーーやはり大川はキャッチできない。


「中海、俺はなんでこいつがあのフライを捕れたのかわからないんだが……」


 利尻先輩はもうあきれている。


「まあ、ビギナーズラックじゃないですか?」

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