第7話 ストライクの壁

 次の日。僕は枕元に置いていたスマホの着信音で目が覚めた。誰かと思えば、利尻先輩からの連絡である。


「今から河川敷で自主練をする。手伝え」


 とある。昨日烏野にこっぴどくやられて、利尻先輩はやる気が出ているらしい。どんな特訓か知らないけど、面白そうだ。行ってみよう。


 ところで、今僕はベッドの上に寝ているのだが、足が不自由な僕は起き上がるのにも一苦労しなければならない。腕の力だけで体を起こして、横に置いてある車椅子に移動させるのである。慣れれば簡単だが、それでも普通の人が起き上がるよりはずいぶん時間がかかる。漫画とかでよくある『ワーッ、遅刻だ!』とか叫んで跳ね起きる人には一種の憧れさえ感じる。


 それから僕は着替えて(これも平均よりはかなり時間がかかる)、トイレに行って顔を洗う。僕は麻痺がそこまで体の上部には及んでいないが、もしそうなるとトイレもままならなくなるらしい。これは純粋に運が良かっただけである。


 そして僕は、ほぼ僕のために作られたスロープを使って玄関を通り抜け、家を出る。ーーやっとだ。これが利尻先輩なら、『俺は朝起きて、中海に連絡して、支度をして、家を出た』でおしまいだ。くーっ、うらやましい。


 でも、道に出てしまえばこっちのものだ。あまり知られていないが、実は車椅子は徒歩より速いのである。足でマラソンする人は42キロを2時間もかけるが、車椅子でやると1時間台で着いてしまう。僕は車椅子を、ちょっとした自転車のように考えているーー実際僕は利尻先輩の自転車についていける。もちろん、自転車より横幅が広いのは難点だけれど。


 さあ、河川敷に着いた。利尻先輩はどこにいるのだろう。


「おーい、中海、こっちだ!」


 利尻先輩がいた。なにやら即席の壁のようなものの前に立っている。


「おはようございます。それにしても、何ですか、その壁は?」


 僕は河川敷に下りる。堤防にスロープがあるのは素晴らしいことである。


「ん? ああ、これか。まあこっちに回ってきてみろ」


 僕が壁の近くまで行くと、壁には人の腰あたりの高さに穴が空いている。


「これは『ストライクの壁』だ。つまり、あの壁の穴は、ちょうど人のストライクゾーンになってるんだよ。あそこにボールが入れば、俺はストライクを投げられているというわけだ。さらにこうすると……」


 利尻先輩が手に持ったリモコンを操作すると、壁の穴が上下に動いた。どうやら穴周辺の素材が伸び縮みするらしい。


「少し動くんだよ。人の身長によってストライクゾーンは違うからな。なかなかハイテクだろう」


 すごい機械じゃないか。


「おーっ、それは神ですね。しかし、先輩はいったいどこでこの機械を手に入れたんですか?」


 前までは、河川敷にもともとある壁に向かって投げるだけだったのだけれど。


「いや、実は昨日買いに行ってたんだよ」

「あれ? 昨日は僕たちと一緒に帰ったはずじゃ……?」

「烏野にこんな機械の存在を教えられるかよ。あの後こっそり一人で出かけたんだ。中海も、このことは絶対に烏野に喋るなよ」


 やっぱり烏野に対抗心を燃やしているらしい。うまく烏野に見つからなければいいが。


「よし、今から少しやって見せるぞ。ちょっと離れてろ」


 そう言って、利尻先輩は『ストライクの壁』から離れていく。どうやらちょうどベースからマウンドまでの距離のところに線が引いてあるらしい。とにかく、利尻先輩のコントロール練習を観察してみよう。

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