第4話 紅白戦2

「くっ……何を! いいか! 俺は今から三連続三振を取るんだ! なめるなっ!」


 利尻先輩は、なんとか自分を奮い立たせたいのか、そうマウンドで吠えた。


「させるかっ!」


 キザに叫びながら、2番の大川おおかわがバッターボックスに入る。


「てやっ!」


 利尻先輩の初球は、大川のバットをかいくぐり、ストライクゾーンの真ん中に突き刺さった。


「あれ? おかしいな……」


 大川は首をかしげながらも次の球をスイングするが、全く当たらない。そのまま次も空振りし、簡単に三振してしまった。


 大川は悔しそうにベンチに戻り、次の打者に声をかける。


「おい、斎藤さいとう! 利尻先輩は調子を上げてきてるぞ! 気をつけろ!」

「おうよ!」


 斎藤は元気よく打席に向かっていく。でも、大川の今の発言には、少し偏見がある。僕から見ると、利尻先輩の調子はそんなに上がっていない。むしろ1番にヒットを打たれたことで、少しコントロールが悪くなっているようにも見える。一球目はど真ん中、つまり打ちやすい球だったし、最後の球はストライクゾーンを大きく外れていた。


 もしかすると、大川は申告さえしていないものの、実は初心者なのではなかろうか……と僕は考えながら、斎藤の打席に視線を戻した。


 利尻先輩が投げる。斎藤は振らない。正解、今のはボール球だ。さすがに彼は経験者らしい。


 二球目。斎藤は高く打ち上げた。しかし伸びがない。ライトの正面だ。


「いやー、さすが利尻先輩だな。多賀はなんでヒットを打てたんだろう」


 この斎藤の感想は正しい。利尻先輩の二球目は素晴らしいスライダーだった。やっと本調子になってきている。


「大丈夫! 任せな!」


 4番の烏野が打席に入る。利尻先輩も表情を引き締める。いよいよ、エースを追放されるかどうか、瀬戸際の対決だ。


「くらえ!」


 利尻先輩の初球は、低めいっぱいのストレートだった。速いし、コースも良い。……あくまで、普通の打者に対しては。


 かきん!


 烏野の振ったバットは、ボールにジャストミートして、お手本のような音を立てた。


 烏野が打った瞬間に、全員が諦めたようだった。一塁走者の多賀も烏野も、全力疾走をしようとはしなかった。ただセンターの中岡なかおかだけが、律儀にボールを追いかけていった。


 しかし、ボールは中岡をぶっちぎって、フェンスのはるか後方へと落ちた。


「ひょえー! ホームランだ! すげえや、烏野!」


 ベンチで斎藤がぴょんぴょん飛び跳ねている。烏野は二塁のあたりから「ありがとー!」と大きく手を振って、そのままホームベースまで帰ってきた。


「さて……そろそろ、私の方がエースにふさわしいということがわかったでしょう?」

「断じて認めない! 今のはバッターとしての能力だ! 覚悟しろ、裏にはうちの強力打線が叩き潰してやるからな!」


 利尻先輩と烏野の反目はさらに強くなっている気がする。大丈夫なのだろうか。チームの雰囲気を悪くしなければいいが。


⭐︎


 裏、上級生チームの攻撃になった。あの後五番をしっかりショートゴロに打ち取った利尻先輩はやはりさすがだ。だが、今の烏野の投球に比べると、格の違いを感じてしまう。


「くっ! な、なぜだ?」


 上級生チームの3番、中岡が三振して、そうぼやきながらベンチに戻っていく。ここまで烏野は三者連続三振だ。誰もバットにかすることさえできない。普段打っている利尻先輩の球とは、全然球速が違う。


「おー、さすが蘭ちゃんですね。よっ、日本一」


 僕の横で見学している花野絵里奈が、烏野に拍手を送っている。


 ところで、花野の『日本一』という表現は、あながち間違いではない。実は、烏野は実際に日本一になったことがあるのだ。


 烏野は中学時代、中学女子野球の全国大会で優勝したことがあるのだ。それも二年、三年と連続での制覇なのである。僕としては、なぜ烏野が都会の私立強豪校に行かず、僕たちの近山高校に来てくれたのか不思議なほどの実力なのだ。


 利尻先輩が7番バッターを三振させ、紅白戦の二回表はツーアウトになった。でも、この試合は明らかに烏野を中心に回り始めているように、僕には思えてきた。

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