第3話 紅白戦1
みんながランニングを終えて戻ってきた。いつもと比べて息が上がっている気がする。ちょっと後悔。冗談でもあんなことは言ってはいけないな。
「よーし、じゃあみんな、軽くウォーミングアップをしといて」
僕に言われるまでもなく、上級生たちはキャッチボールを始めている。一年生たちも見よう見まねでそれに続く。
と、一人だけ練習に加わらず、こちらに近づいてくる一年生がいる。
「あれ、どうしたの? ケガでもしたの?」
僕は素朴にそう質問したが、彼女はーー確か
「そんなささいな問題だったらいいんですけどね。実は、私は全くの野球初心者なんですよ。蘭ちゃんに誘われて入ったんですけど、まさか私以外が全員経験者とは思っていなくて。これでは練習についていくことも難しいと思います。もちろん試合に出るなんてもってのほかです」
なんと、彼女は我が野球部の一人だけの初心者であるらしい。どうしよう、これは致命的なマイノリティーだな。なんとか早くみんなと一緒に練習ができる状態まで引き上げたい。
「まあ、そんなに野球も簡単なものではないということですかね……。興味本位で入ったのはいいのですが。まず、男子と混合でやらないといけないというのが、かなり不公平な気がしますから……」
「全くだよ。でも、決められたことなんだから、僕らにはどうしようもないさ。それに、今年限りの措置なんだろう」
そう、実はこのように、烏野をはじめとして、野球部に女子がいるという状態は、大きなイレギュラーではある。これには別段深い理由もない。ただ、少し前に我が国の国王氏が、このようなことをおっしゃったからである。
『現在、我が国では女性差別が大きな問題になっている。その一つが高校野球である。男子しか高校野球ができないのは大きな問題である。よって、段階的に女子にも野球を広める。この第一弾の政策として、来年度に限り、高校野球を男女混合とする。この間に法を整備し、女子野球を促進するシステムを整える』
これを聞いて、僕たちはあっけにとられた。何が男女平等だ。言いたいことはわからないでもないが、あまりにも政策が飛躍しすぎている。
「まあ、しょうがないさ。この国は絶対王政だ。誰も国王に逆らうことはできないからね。それに、来年になれば、各学校に女子野球部を作るらしいし」
「うーん、そういう問題ではないんですけどね……。もともと男子と女子では競技人口が違いますから。普通に女子野球を推進すればいいのに、私たちを混乱させたいとしか思えないです。あっ、これは私の意見じゃないですよ。蘭ちゃんが言ってたことです」
あまり彼女が言いそうなことには思えないが。烏野はどちらかというと、男子も実力で叩きのめしてやろうとしている感じがする。
「とりあえず、今日は試合を見学してればいいと思うよ。近いうちに基礎を教える機会も作るから、安心して」
「わかりました」
さて、僕と花野がそんな話をしているうちに、みんなはウォーミングアップを終えたようだ。走って僕のところに集まってくる。
「よし、今日はせっかくだから、上級生チームと一年生チームに分かれて試合をしよう。上級生組は三人余るけど、それは勘弁して。交代させたりして、なるべく全員が試合に出られるようにしようか」
上級生たちと一年生たちがさっと二つに分かれ、すぐにメンバーと打順、守備位置が決まった。桐原先輩と烏野が勝手にジャンケンをした結果、一年生チームの先攻になったようだ。
上級生たちが守備に就いていく。やはりピッチャーは利尻先輩だ。見るからに張り切っている。
一年生チームは、1番に
「さあ、俺の球を、そう簡単に打てると思うなよ!」
利尻先輩はそう言いながら、勢いよくボールを投げた。
カーブだろう、利尻先輩の投げたボールは大きく曲がりながら、ゆっくりとストライクゾーンに向かっていった。多賀はその球をじっと見て、さっとコンパクトにバットを振った。
バットがボールに当たり、ボールは利尻先輩の頭上を超えて、センター前に落ちた。多賀が一塁上でガッツポーズをする。
「な、なぜだ!」
初球をヒットにされてしまった利尻先輩は驚きを隠せない。
「うふふ、悔しいでしょう、利尻先輩?」
一塁上で多賀が不敵に笑っている。多賀も烏野に負けず劣らず怖い性格だ。そして烏野よりもお嬢様な感じがある。
「なんだ、何かトリックでも使ったのか?」
まさか多賀は魔球的打法でも開発したのだろうか。
「そんなわけがないですよ。利尻先輩、蘭ちゃんより球速が出ないで悔しかったでしょう?」
「それがどうした?」
「つまり、そうなれば当然、利尻先輩はピッチャーとは球速だけが全てではないということを証明したいはず。よって変化球が来るはずだ、と見当をつけていたんです」
「マジかよ……」
利尻先輩はがっくり肩を落としてしまった。
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