第5話 オタク君、安らかに眠る。

 満月のような優しい薄い光が照らす畳敷きの部屋。その端に置かれている3人くらい同時に寝れそうな大きなしょう(昔のソファー兼ベッドみたいな物)の上で、俺はとんでもない事態に陥っていた。

 眼前には、知識は無いが絶対にお高い糸で織られていると断言できる肌触りSSSの薄緑の寝間着。そして、少し低いが確かな温もり。胴体に回されているのは、健康的に日焼けした筋肉質な腕。腰に巻きついているのは美しい鱗のある特徴的な尾。鼻をくすぐるのは気品高い線香のような、幻想的なこうの香り。耳に入るのはクフクフという満足そうな青林の笑い声。

 なんでどうしてこうなった!?

 「お前が俺の尾の中にいるというのは、中々良い気分だ」

 人間体のままで龍の尾やら牙やら爪やらを出した、最も本能的でリラックスした姿の青林は超カッコイイ。クフクフ笑ってるのは超カワイイ。でもそのせいで俺は超san値ピンチ。あの顔文字が脳内で大運動会してる。

 段々と力の込もってきた腕の中で、俺は現実逃避として回想の世界へ逃げた。そう、あれはつい1時間前のこと―――――



 流石に個室は与えると言われて連れてこられたのがこの部屋。夕飯の後に一緒に入るの入らないので揉めた入浴も済み(風呂場で鼻血による失血死なんて嫌だったから全力で拒否った俺とそれを面白がる青林による追いかけっこは見物料が取れたんじゃないかと思う程の白熱ぶりだった)、あとは寝るだけ。そうして青林と別れて早々に牀に寝転び目を閉じた。が、何時まで経っても眠気が来なかった。ギンギラギンに冴えまくる♪そ~れが俺の目ん玉♪なんてアホな歌が脳内再生されるくらいには覚醒していた。文字通り異次元に飛ばされ、想い人にデロデロにされ、あれよあれよと入学し、未公開情報の場で同棲が始まった、正に怒濤の1日。疲れていないはずは無いのに。テンション上げ過ぎて寝れない?とも思ったが、うーん?なんか違う気が・・・。

 と、悶々としていると襖が静かに開いた。そこに立っていたのは寝間着に着替えて尻尾も爪も出した状態の青林。

 「えっ、どうしたの?」

 「夜這いに来た」

 「はぇ!?」

 つかつかと歩いてくる青林を止める暇もなく、ゴロゴロと壁へと押しやられて尾を巻かれてしまった。

 「いなぁ」

 身動きが取れない俺、絶体絶命の大ピンチ。夢の中でなら青林相手に散らしたことがあるし、寧ろ青林は攻めでなければ許さない派閥の一員だが、せめて心と体の準備をっ!

 「本当に、食ってしまいたい」

 いやああああ、ダブルの意味で食われるううううううう!!!

 あわあわと慌てるばかりで何も言葉になって出てこない俺に腕が伸びてくる。南無三!と目を瞑り衝撃に備えた。が、なんともない。ただ、心地良い重さが自分の体にかかっただけ。そこに幽霊がいると分かっている時でもこんなに慎重にはならないだろう、というぐらい恐る恐る目を開ければ、満足そうな青林の御尊顔があった。



 それからずっと、青林は俺の体にのしかかってきたり、頭をモシャモシャとしたり、思い出したようにぎゅうっとしてきた。えーと、なにこれ。御褒美が致死量越えてるんですが。

 「今日は、本当に良い日だ」

 俺のおでこにその無駄に高く綺麗なお鼻(褒めてる)をすりつけながら、唐突にそう言ってきた。かかる息に心拍数がえげつなくなるのが分かる。多分今血圧150くらいある。どなたかお客様の中に救急車はいらっしゃいませんかー?

 「きっと、お前がいる明日から、毎日が良い日となるだろう。いずれ番となり、この命尽きるその日まで全て良い日だ。お前という人間がいるだけで。ククク、この青龍の一族たる俺がそのように幸福感を得るなど、周囲には信じ難いだろうな」

 待って。ストップ。ハルテン。アレタ。ピンイン。

 え?







 告白されてる!?





 「あばばっばっっばあば!?」

 「うんうん。そんな間抜けな声が出るお前も可愛いぞ」

 「留め刺しに来ないで!ダブルの意味で!」

 「それで、どうなんだ?」

 「にゃにが!」

 「これから、俺のそばにいてくれるのか?」

 なにを今さら。そんなの決まっておろう!

 「もちろんです!」

 「そうか」

 瞬間、端正な顔がフニャリと和らいだ。ファッ。威力満点。

 「その言葉が聞きたくてな。付き合わせて悪かった」

 腕や尻尾で上手いこと体が丸められ、ダンゴムシのような体勢にされた。なになに色々怖いんですが!

 「そう身構えるな。術が効かなくなる」

 なぁに術って!?

 丸められているせいで表情が見えないのがなんとなく嫌でモゾモゾすると、耳元で小さな雨が降るようなサァーサァーという音が聞こえてきた。不思議と、落ち着く、良い、音で、












 「やはり相性が良いな」

 不眠の術もそうだったが、眠りの術もこれほど効くとは。

 安らかに眠り始めた人間に、愛しさのまま口づけをひとつ落とす。

 「よく眠れ・・・誠よ」

 真名で呼ぶと、何故だか唇がくすぐったく感じた。さて、明日からどう過ごそうか。

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