第6話 オタク君、波乱の予感。
青林のお古の教科書を発掘したりノートやら部屋着やらを揃えて貰っている内に、とうとう登校初日と相成った。
豪邸での暮らしはもう色々と見事で、安くて狭いマンションで独り暮らしをしていた俺は圧倒されっぱなしだった。特に、
「ほら後ろを向け」
やたらと着替えを手伝いたがる青林とかに。
「ネクタイくらい締めれるんですが」
「この俺から楽しみを奪う気か?」
「そんなの滅相も御座いません!!!!」
「うんうん。元気なのは良いことだ」
こうして今日は学園服のネクタイを、後ろから抱きしめられる形で締められた。まさか普通に生きていて、かの有名なアスナロ抱きを抱きつかれる側で体験するとは。いや今この状況は全然普通ではないのだけど。
学園服は上級生になるに連れてなんとなーく着崩しが許されていくらしく、編入生にして生粋の人間の俺はとにかくきっちりしっかり着るよう彩雲さんにも助言された。上級生の中には学園服の色合いしか合っていないような和服を着ている人もいるが、基本は一般的な洋服だ。何故この世界観で洋服なのかは知らない。多分作画コスト削減とカジュアルさの演出だ。
シャツinして襟も整える。ベルトは黒のシンプルなやつで、足元は黒の長い靴下とスニーカー。青林から授けられたネックレスは素肌の上、Yシャツの下。ちなみに制服は改めて学園から支給された。青林は指定Yシャツの上にゆっくりとした漢服を着るという和洋折衷スタイルで、黒と青が混ざった少し長い髪を雑に束ねている。嗚呼、優勝。首元が最高に美しい。その姿に見蕩れながら寝癖が無いかチェックして、彩雲さんから○が出てようやく玄関へ向かった。
「忘れ物はないな?」
「はい」
「では、行くとしよう」
「いってらっしゃいませ」
「い、行っできます!」
久しぶりの「行ってきます」と登校初日の緊張から噛んだ。不安だ。
「通達があったように、本日より編入学となった誠君だ。
映画館のような形式の教室だったので、俺はまるで谷間に追い込まれた獲物のような心持ちがした。だって、教室の注目を一心に集めているのだ。元来の緊張しいに加え、視線の中に何人もキセモリの人気キャラを見つければ、嫌でも心臓がバクリとする。
「では、えー。
「はぁ!?僕がなんで!?」
松を連想させる濃い緑色の目にその緑と白が混ざった髪色。荒い口調なのに何故か一人称は「僕」の、声変わり前みたいな可愛いらしい少年声。キャラグッズのレートが高いキャラの一人、山蛇の一族最年少の樹千君!わぁぁあご本人だぁ!
「大体、そんな龍臭いやつなんか僕のそばに近寄らせないで!嫌がらせ?!」
「まさか。それに、樹千君。貴方こそ誠君に対する嫌がらせですか?『龍臭い』とは。蛇の一族が聞いて呆れます」
「んだとこら!」
山と海にそれぞれ千年住んだ蛇は龍になるという逸話や中国から渡ってきた龍に蛇が重ねられた蛇信仰が基なのか、蛇の一族は龍の一族へ憧れと敬愛の情を抱いているという設定だ。確か、メインストーリーでは樹千とプレイヤーの絡みがまだ無かった、というか別のクラスだった希ガス。
もしかして、俺の知ってるゲームシナリオと違ってきている?「俺」という異分子が入り込んだことでこの世界が変化したのだろうか?
悶々と考えていると、首元からブチリッと弾け飛ぶような音がした。
「えっ」
「なっ。なんで、なんで人間がその石を持ってるんだっ!」
どうやら樹千の力で俺のYシャツのボタンが弾け飛んだ上に、例のネックレスが外に出てしまったらしい。途端にザワザワする教室に、アクセサリーアウトなジャパン式スクールにしか通ってこなかった俺は心の中でホールドアップ。ごめんなさい、初日から調子に乗った訳ではないんです!ってかこれ縁起物とかお守りとしてカウントして良いでしょ!
「誠君」
あー先生っ!すみません!
手のひらクイックル○イパーでイキリを鎮め謝罪する前に、先生が軽く頭を下げた。え、なにごと。なんか樹千も固まってるし。
「スマン。総長から話は聞いている。君は人間だが、あの青龍の一族の保護下にあると。我等はキセキの力を持つ存在として、もっとふさわしい行動をしなくてはならない。そうだろう?」
「えー、っと?」
「樹千君は、まだ学びの途中にある。君と同じように」
ちょい回りくどいが、つまり、許してやれということか。
「怒ってる訳ではなくて、驚いただけで、だからその、なんともないというか、えー」
んなとこで発動すんなよ俺のあがり症!
とorzする俺を尻目に、教室内がホッとしたような空気になった。アレか、龍が怒ると天候やら川やらが荒れたりするってことで俺も怒るとそうなると思われたのか。あと正体不明だったやつに「青龍」なんて強大な存在が後ろにいると知って、身元は堅いと判断したのか。どこの一見さんお断りシステムだよ。
元の姿勢に戻った先生が、相変わらず固まっている樹千に目を向けた。
「なにか言うことは?」
「・・・無いです」
「よろしい。では、頼みましたよ」
促されて恐る恐る樹千の隣に腰を落とすと、指先でコツンと突かれた。案の定というか、Yシャツが直ってネックレスも素肌の上にあるのを感じる。
「チッ」
蛇特有の長い舌により起きた割とデカイ舌打ちに、俺は波乱の予感しかしなかった。
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