追憶の旅

かほん

第1話

 その日、私は自室の書架の整理をしていた。

 今では内容が古くなって使わない専門書、何故か集め始めて、気が付いたら束になっている車とオーディオのカタログ、読み終えた文庫本、それらを全て廃棄するつもりだった。

 しかし、書籍の整理を始めると決まって起こるあの現象が、私の身にも起きた。

 整理の手を止めて、読み始めてしまうのである。

 私は今、中学の頃の卒業写真集を眺めていた。

“懐かしいな”

いや、本当に懐かしい。皆あどけない顔をしている。もう、四十年近く前の写真だろう。おそらく、私は教わっていた先生方の年齢に達したか、超えただろう。

 あの頃の私の母校はひどい有様だった。ツッパリがブームで、学校はサングラスにリーゼントの生徒が我が物顔で歩いていた。

 当時は不良と呼ばれる生徒が何となく忌避していたが、今、彼らの写真をみば、やはり子供だ、と思える。

 先生方も苦労していたんだろうな、と今更ながら同情する。

 と、一冊のノートを発見した。卒業写真集を戻す際にぽろりと落ちてきたのだ。

 古ぼけて、少し茶色に変色している。日記と書かれており、年号と日付が書かれている。そうだ、僕は中学一年生のころ、日記を書いていたんだった。

 ノートを捲る。幼い字で鬱屈したやり場のない感情を吐き出していた。

 二三行しか書いていない日もあれば、小説仕立ての日記になっている日もあった。暴力とエロティックな妄想を書き連ねるお話は何日も書き続くこともあった。

 なかなか面白いじゃないか、と自分の日記を評した。

 それから、やや唐突に

「今日、山崎さんにコクハクした」

と書いてあった。その日はその一文だけ書かれていた。

 コクハクとは告白のことだろうか。恋の告白。どうも不審に思えた。僕は小学四年生から中学卒業までの六年間、荒川さんと言う女の子が好きだったはず。それに、山崎さんと言う女の子には心当たりがない。

 この女の子は誰なんだろう?

 そう思い、また中学校の卒業写真を引っ張り出した。

 山崎さんという女の子は確かにいた。但し、クラスが違った。いや、中学一年の頃に同じクラスだっただろうか。

 コクハクとはどう言う意味だろうか。考え始めたら止まらなくなった。そもそも、なぜカナ文字なのか。僕は告白、と言う字も書けないほど出来ない子だったのだろうか。

 ありうる。どこのページだったか、弟と書こうとして第と書いてあった。今から考えれば漢字の書けない子供だったのだな。

 そしてペラペラと卒業写真をめくっていくと、もう一人山崎さんがいた。というか、山崎さんは双子だった。

 はて、僕は一体どっちの山崎さんにコクハクしたのだろうか。

 そんな事をつらつら考えていると、妻に怒られた。整理が全く進んでいない、と。

 私は慌てて整理を再開した。間も無く昼食の時間となり、階下のダイニングに行った。

 昼食を食べながら、山崎さんのことを考えていた。やはり接点がない。

 昼食後のコーヒーを飲んでいる最中、急に記憶が蘇る気がした。かつてこんなふうにコーヒーを飲んでいる事があった。その時私は、誰かと何かを話していた。誰だ、と思い起こしてみた。

 そしてやや唐突に、思い出した。コーヒーを飲んでいる場所は、私の実家の喫茶店で、正面に座っているのは小柄な女の子で一年先輩の、名前は、山崎さん。

 そうか。そう言えば山崎先輩が居たな。すごく仲良くしてもらった。何度かデートもしたし、親しい間柄だったと思う。

 そうか、山崎先輩から先輩の友人を紹介されたんだった。名前は、思い出せない。その先輩とは一二度デートして終わりだったかな。

 そうすると、コクハクしたのは山崎先輩にか。だが引っかかるものがある。荒川さんコクハクせずに山崎先輩にコクハクしたのはなぜだろう。

 などと考えていたが、どうせ中学生のやることだ、それほど大した意味はないだろう、と頭を切り替え、整理に没頭する事にした。


 疑問への回答は、意外なところからやってきた。中学時代の友人からメッセージがあった。彼の話によると、山崎先輩と私は付き合っていなかったらしい。そうすると、コクハクは失敗したのだろうか。

 それもどうも違うらしい。なおも話を聞くと、私が振った事になっている。

 しかし、腑に落ちたことがある。私は結局荒川という少女の呪縛からは逃れられなかった、そういう事なのだろう。

 私の中でもやもやしたものが、解消された気がした。いつか山崎先輩と出会う日があれば、この日のことで笑し話を出来れば良い、と思った。

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追憶の旅 かほん @ino_ponta

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