第16話 そうぐうする、みち

 タイミングをまちがえてはかり、けっきょく、ひとりで下校となった。

 身体はすっかり二か月くらい前から着始めた中学校の制服にもなじんできた。

何度、洗濯したもの影響してそうだった。もう、生地に新品感はない。

だからか、じぶんの服になった感じがある。

 そして、はやくも、たまに道端でランドセルを背負った小学生を見ると、まるでそっちが異世界に思えてしまう。

 でも、なにがちがうかと考えながら歩く。そして、いっぽうでは無意識に猫をさがしながら歩いてもいた。

猫を発見して、あわよくば写真をとって、彼女に写真を送って手柄をあげようとしている。

時々、彼女と下校するようになり、人生が少しいそがしくなった。

 そんなことを思っていると、ぱっ、と猫を発見した。灰色の猫で、住宅街の路上を壁沿いに、真っすぐ四足をすんすん進めて歩いている。

 このあたりは車の通りも少ないし、小学生の帰り道でもないので、子どもたちに追い回されるしんぱいをしてないのか、猫は余裕の足取りだった。

 そこにゆだんがあるといえる。

「手柄」と、つぶやきながら、スマホのカメラの準備をする。

 灰色の猫は壁沿いを歩いていた、その行く先には、十字路がある。

 猫は十字路の南から、こちらは北の路地にいた。

 猫を驚かさないようにそっと近づく。

 直後、十字路の西から彼女がやってくるのが見えた。

 いつものはんぶん開いたような目で猫をさがしているのか、こちらの存在に気が付いていない。

 奇しくも南の路地から来る猫と、西からやってくる彼女の速度は同じだった。

ああ、このままでは、お互いちょうど十字路のまんなかで遭遇する。

 その場面がどうしても見たいぞ。

 お互い、てんてこまいになるのか、あるいは。

 未知なる実験の結果を見守るような感じだった。わくわくが、とまらない。

 こちらは北に位置したまま、電柱に少し身を隠す。

やましい気持ちがあるともいえる行動だった。

 心臓がどきどきしていた。

 ただ、その時。

 さらに、東側から猫がやってくる、茶トラの、しっぽが太い猫だった。

 その猫もまた、壁際を進み、十字路の真ん中を目指していた。

 歩く早さも一人と、一匹と一緒だった。

 南から来る猫は、東向いから来る猫に気づいていないのか進み続けていた。

 つまり、危機感のうすい猫なのか。

 彼女は西からどんどんやってくる。はんぶん開いたような目で、この世界のどこかに猫がいないか探している。しかも、正面ではなく、あさっての方向を見ている。

 東側からやってくる猫に気づいていない。

 まもなく、十字路のまんなかで、何も知らない猫と、何も知らない彼女と、何も知らない猫がクロスする。

 その場面を目にできる。

 生きてて、よかった。

 そして、その時が来た。

 十字路のまんなかで、ちょうど、三つの生命体が鉢合わせする。

 まず、みんな立ち止まった。

 それから、じっと見合って動かない。そのままの光景でかたまり、時間も流れていった。

 荒野で対決するガンマンたちの緊張感にも似た時間帯だった。

 しかも、奇跡的に、まるまったビニール袋が風で転がって通り過ぎてゆく。

 灰色の猫も、彼女も、茶トラの猫も動かない。

 ただ、全員の目だけが動いている。

「いったい、誰が勝つんだ」

 と、つぶやいてしまう。

 いや、勝ちって、なんだろうと、自問自答した。

 けど、次の瞬間、彼女が素早くスマホを取り出して茶トラへ向けてシャッターを切った。すると茶トラが逃げる。

数秒遅れて、灰色も走り出そうとしたところを、彼女はシャッターを切る。

 たちまち、二匹の猫たちはいなくなった。

 そして、彼女だけがそこに立っている。

 すべては一瞬の出来事だった、見ごたえがあったような、なかったような、そんな見ごたえだった。

 そうして、そこまで見届けて、電柱の後ろから、そっと出て、彼女へ近づいた。

「とったの」

 と訊ねた。

 すると、彼女はニヒルな笑みを浮かべた。ニヒルといっても、あまり、ニヒルな笑みとかをやったことがないのか、家のなかで家族の誰が落とし方かわからない五十円玉をみつけたので、しめしめ、こっそりもらっておこうというくらいの、ニヒルさしか出せていない。

 とったの、というこちらの問かけにたいして、彼女は静かに深呼吸して答えた。

「この世界は、ゆだんならん」

 痛感したような口調で言う。

 それから、すぐ、こちらのスマホに二枚の写真が送られて来た。

 二枚とも猫は写っていない。

 電柱の後ろの中途半端に隠れる人影だけがあった。

 やがて「オバケが写った」と、そういった。さらに「オバケ負けだ」といった。

「オバケ負け」

 と、こちらもつぶやいた。

「それが作品名?」

「失敗作だ」

 彼女がそう返してきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る