第15話 このせかいは、まもられた

 朝はまだ晴れていた、午後の授業からはずっと雨だった。

 下校時間になってもまだ雨がふっていた。傘は持ってきていない。

それで、しかたなく他の生徒たちと同じで、生徒玄関の軒先で雨が止むのを待っていた。もちろん、雨がやむ保証はない。

だとしても、傘がないので、どうしたものかと様子をうかがっていた。

ふと、見ると彼女も傘を持ってきてなかったらしく、生徒玄関の軒先に立っていた。

お互い、はなれた場所の軒先で空の機嫌をうかがっていた。すると、やがて、っと雨は、ふい、っと止んだ。

 それで、またたく間に青空になる。

まるでスイッチで切り替えたみたいな空の変わり方だった。

 そして、同じ場所で、晴れるのを待っていたことで、学校から出るのも、彼女と同じタイミングになる。

 今日は、そう経緯で、一緒の下校となった。

 夏も近いせいか、ひとたび晴れると、雨でぬれた地面が、なかなかの勢いで、ぐんぐんと、かわいていってた。

「そうさ町よ、かわけ」

 と、彼女がいった。

 まえに彼女が教えてくれた、猫は水に濡れるのを嫌がるらしい。

 だから、きっと雨に濡れた町がかわけば、猫たちも出てくるだろうとふんでの発言だった。

ただ、町へ命令しているように、聞こえなくもない。そして、彼女は、そういう感じの発言が、ヘンに似合ったりする。

どこでそんなものを身に着けたんだろう。また、あたらしい気になることが出来た。

 そんな彼女の横顔を見る。今日も、はんぶん閉じたような目をしていた。

 そして、ふと考える。その目は、はんぶん閉じたような目なのか、それとも、はんぶん開いたような目なのか。

 どっちだろう。どっちだったらいいだろう。

 いや、いいってなんだろう。

 ひっそりと自問自答している間に、野良猫が目に入った。となると、集中すべきは猫の方だった。

 路上に止められた車の後ろのナンバープレートの下あたりにいる。このあたりでときどき目撃する、白い猫だった、しっぽだけの先だけが黒い。

 地面は早くもかわいてて、太陽はあたたかいし、リラックスしているのか、ゆだんしているのか、そこに身体を横たえていた。

 そっと、ふたりして近づく。手が触れそうな距離まで来て、しゃがみ込んでも逃げない。

 日ごろの訓練のたまものだった。プロの猫近づき。

 しっぽ先だけ黒い白猫は、世にもいい形で横たわっていた。どこかの雑誌の表紙に出来そうな感じだった。

 これは彼女も写真の取りがいもあるはずだ。

 気持ちが高まっているだろう思って、目を向けると、その横顔に高揚がなかった。

 しかも、スマホを取り出して、レンズを向けようともしない。

 いつもなら、沈黙と平静のなかにおさめこんだ情熱をもって猫を撮影している。

 なのに、やろうとしない。

 お腹でも減っているだろうか。深刻なまでに、お腹が減って。

 そこで聞いてみる。

「写真とらないの。この猫、ポーズもなかなか仕上がってるよ」

 すると、彼女は顔を左右に振った。

「わたしには、撮れない」

 そうなのか。

でも、なぜ。

 すぐに「どうして」と聞いた。

「ここに、社会的な問題が内在している」

「急に高度な何かをかぐわせることを言い出されても」

「こころがいま、てんてこまい」

「こんどは童話な感じで言われても種類のちがう困惑になるだけだよ」

 とりあえず、感想を寄せる。

 おたよりの気分だった。

 でも、目立った反応はなかった。彼女とはそういうものだし、慣れている。

 そして、いつものように、はんぶん開いたような目で、じっと見返してくる。

「いま、この猫を撮れば」

と、彼女は口をひらき、猫を指さした。

「この車のナンバープレートも込みで、写してしまう」

 そう教えられて、あらためて見る。

 ああ、そうか。たしかに、このしっぽ先だけ黒い白猫を撮れば、どうやっても車のナンバープレートが写ってしまう。

 そこにひっかかったのか。

「個人情報が入り込んでしまうのをさけたいんだね」

「そりゃあもう」と、言って彼女はふかぶかとうなずいた。「この猫がどこの猫か、バレてしまう」

「猫がバレる」

「ですわ」

 と、彼女はいった。

「猫の場所がバレるようなのを写真に入れるとだね、きみ」教授みたいな言い方でおしえてくれた。「その写真をもとに、猫を捕まえにくるダメにんげんがいる」

「ダメにんげん」

「だから、場所がわかるような写真はノン」

 フランス人みたいなのが、語尾に入った。

「そうか、猫の居場所がバレる方がメインで嫌なんだ」

 そう言って、彼女の方を見る、歯を食いしばっっていた、そこまで写真が撮れないのが悔しいのか。

 そこで「ならアップでとれば、猫の顔だけ」と提案してみた。

 とたん、彼女が晴天の霹靂みたいな顔をした。そして、スマホを取り出し、しっぽ先だけ黒い白猫を見る。

「見切った」と、いって、猫の先っぽだけ黒いしっぽだけをアップで撮った。それから画面で写真の写り具合を確認して「こうなったのは、きみが悪いんだぞ」と言った。

 猫へ向かって。

 ああ、猫のしっぽが一番撮りたかったのか。

 にしても、こうなったのは、きみが悪いんだぞ、って、なんだろう。

 その世界観がよくわからない。

でも、彼女が満足そうだったので、ここは、そっとしておく。

 なにもコメントをしないことで、彼女の世界を守ったカタチだった。

 言葉にするだけがすべてでもないし。

だれの迷惑にも、なるまいし。

 雨もあがったし、猫はあくびしてるし。

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