第17話 こころのたたかい、そのおわり
一人で下校している時に限って、よく見かける猫がいる。
そいつは白い猫で、身体が大きく、毛もたっぷりしている。首輪はつけていない。
彼女と下校しているときは不思議と見かけない。その猫は、ある家の玄関先でよく目にした。
そして、何度かその家に住んでいるらしいおじいさんが、家の玄関の前で猫のエサが入った皿を持って周囲をうかがっているのを見たこともある。
玄関に置かれたその皿の中のエサを、白猫が食べているところも見たことがある。
そのたべっぷりは、みごとで、勢いあまって、エサが皿から飛び出ていたし、もちろん、飛び出たエサも食べて、最後は皿がきれいになるまでなめていた。たまに、空になった皿のそばで、横たわって、わかりやすく、満腹感にひたっている。
首輪はしてないけど、エサはあの家でもらっているらしい。飼っているのか、飼っていないのかは、わからなかった。
そして、やっぱり、不思議と彼女と下校するときには、その大きな白猫はみかけない。
なぜか縁がなかった。
彼女には、その白猫のことは話していない、秘密にしていた。
こっちには、きみのまだ知らない、秘蔵の猫がいるんだぞ、という、よくわからない優越感をあじわっていた。
いや、じっさい、彼女があの猫のことを知らないかもふめいだった。
どうやっても、下校するこの道は同じだし、こっちの知らないときに、遭遇しているかもしれない。
でも、彼女の方から、あの、白い、たっぷりした大きな猫の話をされたこともない。
あ、もしや、彼女もまた、じぶんは、こっちが知らない秘蔵の猫情報をもっているんだ、と優越感をあじわっているのでは。
だとすると、これは、こころの戦いだった。
彼女はホントは知っているのかもしれない、それが知りたい。
しかし、下手にさぐりを入れると、あのたっぷり白猫を発見するヒントなりかねないし、ムズかしいところだった。
そんなことを考えていたある日、れいのたっぷり白猫をみつけた。
玄関先でエサを食べている。あいかわず、遠慮するそぶりはない。
ただ、衝撃だった。
いつも見かける家の玄関先じゃない。
たっぷり白猫がエサを食べているのは、いつもとは違う家の玄関先だった。
あの猫、エサをべつの家でも、もらっているのか。
その事実に身体がかたまった。
そして、すぐに、この情報を彼女へ伝えたくてたまらなくなる。こんな猫の情報を教えれば、大手柄になる。
けど、まて、あの猫はじぶんなかでは最高機密あつかいだった。
教えたいけど、ここで、このカードを切っていいのか。ここがホントに出しどころか。
悩んでいるうちに、たっぷり白猫は、エサを食べ終わり、太いしっぽを立てながら、どこへ行ってしまった。
とりあえず、いますぐ彼女へ伝えて、手柄を立てたい気持ちをなんとかおさえることは出来た。
それにしても、あの白猫は、べつの家でもエサをもらってたのか。
どうりで、たっぷりのはずだった。うなずける。あのたっぷりは、二軒ぶんのたっぷりか。
その光景を目撃を経てから、数日後のことだった。
ひとりで下校中しているとき、とおりかかった駐車場に、あのたっぷり白猫がいた。ねそべっている。
いつもは、人の家の敷地内にいるので、近づけない。でも、いまならと思い、ゆっくりと近づいてみる。身体がたっぷりなので、その猫は地面に伏していると、ちょっとした白い足ふきマットぐらいの大きさになっていた。
とけたチーズにもみえる。
こっちが近づいても猫は逃げなかった。余裕と貫禄がある。そばでしゃがみこんでも、逃げなかった。
けど、見ていてあることに気づく。
白猫のしっぽの付け根が、少し黒くなっていた。
なんだろう、よごれかな。
「あ」と、声をだしてしまった。
もしかして、病気とか。
考えて、不安になった。こいつ、だいじょうぶか。
調子が悪くて、ここにいるのか。だって、いつもは、こんなところにいない。
すると、そこへ彼女が通りかかった。
いつものように、目がはんぶん閉じたよういなっている。
目した瞬間、最強の助っ人が現れた気分だった。彼女の全身がきらめいてみえた。この猫の存在は秘密にしていたけど、いまは、そんな場合じゃない。
駐車場から大きく手をふると、すぐにこっちに気づいた。
彼女は歩み寄って来ると、駐車場に寝転がるたっぷり猫を一瞥していった。「大きい」そして「ちょっとした足ふきマット、のよう」とも続けた。「とけたチーズにもみえる」
はからずも、同じ材料で、結果、同じ作品に仕上げた気分だった。
たぶん、それは、この町の片隅で起きた小さな奇跡だっだ。
それはそうと、彼女の方が猫にはくわしいので「あのさ」と話しかける。「この猫の、このしっぽの付け根が」
その部分を指さす。
猫はうごかなかった。
「少し黒くなってるんだ、もしかしてこれ病気かな」
すると、彼女ははんぶん閉じたような目で指摘した箇所を見る。
やがて「あ」と、声をあげた。
「なに」
「これは」
「なに」
「この黒いのは」
彼女は、はんぶん閉じたような目は維持しつつ、神妙な面持ちを浮かべた。
「なに」
と、三回目に問かけると、彼女はいった。
「食べすぎとかの猫に出る、あぶら」
言われて「あぶら」と口聞き返す。
彼女はうなずいて続けた。
「猫あぶら」
「猫あぶら」と聞き返してしまう。
すると、彼女はカバンへ手を入れ「猫用シートでふいてあげよう」と、それを取り出した。
こっちはまだ、衝撃から立ち直ってない。
猫あぶら。
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