第14話 ここから、ここまでだ

 駐車場に猫がいた。

 下校途中、いつも通りかかる駐車場に、白地に茶色が混じった猫が寝そべっていた。

 天気もいいし、日向ぼっこしているらしい。身体は毛で覆われいるし、布団を干すみたいな心境なのかもしれない。

 ちょうどいいひたりのあたたさをあびて、猫は目を閉じ、こうこつな顔をしていた。かなりゆだんしてそうだけど、じっさいは、猫はゆだんはしていないのがわかる。耳が、ときどき動いて、周囲の音を、拾ってよく聞こうとしていた。彼女から教わった情報だった。

 いいか、猫の耳の動きには、よくよく注意されたし、むははは。

 むははは、って笑ってたっけ。そんなの怪人だった。

 どこかで記憶がおかしくなっている。

 それはそうと。気を取り直して猫を見る。

 近づき過ぎると逃げるので、三メートルぐらい離れた場所から様子をうかがった。スマホで写真を撮ろうとしていると、彼女が通りかかった。

 彼女も猫をみつけると、近寄ってくる。

それから同じような動きで、猫と三メートルくらい距離をとって、横にしゃがんだ。

 彼女の目はあいかわらず、はんぶんしかあいていない。

「やあ」と、声をかける。

 すると「駐車スペースに」と言い出す。「猫がとまっている」と、いった。

 指摘されて見る。

 と、ああ、たしかに、猫は丁度、駐車場の駐車スペースの枠のまんなかに寝転がっていた。

 大きくとらえれば、猫いっぴきが、車一台分のスペースに停まっている感じもなくもない。

 そこで彼女へ「この猫の自意識は、車一台と同じサイズなのかな」と言った。

 彼女は「正解」といった。

 正解、なんだ。そうか、でも、なにが正解なんだろう。

 正解って、なんだろう。こ

 なにげなく自問自答に入りかけたところに、ふと、彼女が猫の額あたりを指さす。なんだろうと、見ていると、彼女はいった。

「このあたりが、猫にとって髪」

 そんなことを言い出す。そして、次に猫の頬をあたりを指さす。

「このあたりが、ヒゲ」

 まあ、そうだろうね。と思いながら聞く。

「ヒゲの生えているあたりを、あるいは、マズルと呼ぶ」

 マズル。ああ、この猫の頬のスポンジみたいな場所のことか。マズルというのか。

 にしても、あるいは、って文法として、使い方はあっているのか。そこにとらわれかけて、ふいに思った。

「あのさ」と、声をかける。そして、猫の額を指さす。「このあたりが髪なら、ここは猫の前髪なのかな」

「ああ」と、彼女はうなずいた。そして、なぜかいつもよりひくい声で「そうさ」といった。

 ハードボイルド風のなのか。喉の調子がただ悪いだけなのか、ふめいだった。

 それから、マズルあたりを指さして聞く。「で、ここはヒゲ」

「おおよ」と、彼女はうなずく。今度は、なぜか、江戸っ子みたいな反応だった。

 そこまで確認してから、聞いてみる。猫の背中を指さす。

「ここは背中の毛」

「だね」

 で、猫の後ろ首のつけねを指さす。

「なら、猫って、どこからどこまでが髪の毛で、どこからが身体の毛なんだろう」

 なにげなく疑問を投げかけた。

 とたん、彼女の動きがとまった。表情も変わっている。

 心臓を貫かれたみたいな顔をしていた。

 どうした。なんだ。なにか、いまの問いかけは、いけないゾーンにボールを蹴り込んでしまったのか。

 そうなのか、この質問はそういう深刻な質問だったの。

 彼女の異変をまえにして、いっぺんにあせった。

やがて、彼女は猫の後ろ首のつけねのちょっと上を指さす。

 そして言った。

「ここまでは、美容院で仕上げる」

 それから、後ろ首のつけねのちょっと下を指さす。

「ここから先は、メンズエステで仕上げる」

 堂々と、何を恥じることもなくそう断言してくる。

 メンズエステ。

 あ、どうしようかと思いながら、とりあえず聞いた。

「オスなの、この猫」

 と、訊ねた。対して彼女は猫の手を指さし「ここは、ネイルサロンね」と、喜々として言う。

 妙にたのしそうだったので、追及はしないでおいた。

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