第13話 まっすぐ、つぶやく

 その日の下校途中、彼女へまっすぐに聞いてみることにした。

 ただし、彼女が学校帰りのこの道を歩きながら、いつも町に生きる猫をさがすことに、タマシイをかけている、集中している。

 なので、声をかけるタイミングは重要とかんがえていた。

 そこで、まずは「あのさ」と、ささやくような音量で声をかける。無視されても、いいわけがつくような小さい声で、ある意味ほけん、だった。

 声をかけると、彼女は猫をさがしていた視線をこちらへ向ける。今日も、はんぶんしか開いてないようにみえる目をしている。

 そこへすかさず。

「猫のどこが好き」

 あえてそれを聞いてみる。

 真っ向勝負だった。

 こちらも猫は好きだ。でも、彼女の猫への接し方には、ただ好きのほかに、不思議さも入っている気がする。

 なら、いったい、そんなタマシイどこで育てて来たのか、ずっと気になっていた。興味があった。

 彼女とは、同じ学年で、同じクラスだけど、教室ではしゃべらない。でも、下校中、たまたま一緒になるときは話す。

 この、たまたま、というのも、正直、一緒のタイミングに学校を出ることで、あっけなくコントロール可能な部分なので、正確には、たまたまではないかもしれない。

 けど、さいわい、そこを指摘するような人はいなかった。

 で、それはそうと、質問だった。猫のどこが好きか。

 この、まっすぐな問かけに、彼女はどう出るだろうか。挑戦状をつきつけた気持ちと、はらはらする思いをしながら、その回答をまった。

 やがて、彼女は立ち止まった。そして、じっとこちらの目を見上げてくる。無言だった。

 しまった、もしかして、いま質問は、なにか良くないポイントをとってしまったのか。

 あたふたと、あせりかけた時だった。

「いい、質問だ」

 と、彼女が目をぶつって言った。そして目を開けて、歩き出す。

 視線を巡らせて歩いているので、帰り道の猫探しを再開させたのもわかった。

 こちらとしては、どういうスタンスをとるべきか、考えながら、とりあえず彼女のあとを続けて歩く。

 そして、すぐに彼女の足が止まった。見ると通り掛けの駐車場に、白黒模様の猫が寝転がっている。遠くから見ると、小さな牛みたいだった。顔のあたりも、白黒が、まだらに入っている。しっぽの先も黒い場所がある。

 彼女は、その猫を眺め、やがて、写真を撮り、画像を確認する。そして、こっちのスマホへ画像を送ってくる。

 そこまでやって、彼女は遠くを見た。

「いい質問だ」

 さっき聞いたことを、完璧と思えるほど、同音でいった。それから、牛柄の猫へ一礼して、歩き始める。

 追いかけて横にならぶと、三度「いい質問だ」と、彼女が前を向きながらつぶやいた。

かと思うと、さらに「いい質問だ」とつぶやき、さらさらに「いい質問だ」といった。

まるで呪文みたいに繰り返しいっている。機械がバグったみたいな印象もある。

 でも、どうやら答えを考えていることは考えているらしい。やがて、腕も組みはじめた。

 そして「いい質問だ」とか、ぶつぶつ言いながら、でも、猫は探している。探しながら「いい質問だ」と、何度も繰り返す。

 しかし、猫は見逃さない、発見しては、じっと見て、写真を撮る。

 こっちのスマホへ画像を送って来る。

 それから腕を組み「いい質問だ」と、言いながら煤で行く。

 なんだろう、人生で誰かに、猫のどこか好き、という質問をされたのが、はじめてなのか。

でも、そう思えるほど、質問に対して真正面からむきあっている感じがある。ただし、猫がいると、立ち止まって、写真を撮る。そこは生きざまから外さない。

「いい質問だ」と、独りつぶやく。もう何度目はわからない、数えるのも途中でやめた。

 まちがいなく、そこまで入れ込まなくてもいいことだった。はたから観察していると、人類の存亡でもかけた答えを出そうとしている感じさえある。全身から妖気のように、どんどこと出ている感じがある。

 このまま考えさせては、どこかコワれるんじゃないかと、脆弱性がしんぱいになり、もういいよ、と言いかけたときだった。

 彼女が、止まって斜め先を見た。

 つられてみる。視線のさきには、いつも通りかかる寿司屋があった。

「いい、寿司屋だ」

 と、彼女が言い出す。

 これは、なにか、来るぞ、と予感が働いた直後だった。彼女が顔を向けて。

「寿司屋のどこが好き」

 そう問いかけて来た。

 うっ、なんだ、その反撃は。

 予想外の寿司攻撃だった。油断しているところに、みごとくらう。寿司屋のどこが好き。

 今日まで一度たりとも聞かれたことのない質問だった。寿司屋のどこが好き。

 頭がまっしろになった。寿司の、どこが好き、じゃなく、寿司屋の、どこが好き、と聞かれている。

 しかも、寿司屋が好き前提の質問だった。そこを前提にされても、と、いや、寿司屋が好き前提の質問って、と、指摘したところで、やりとりが野暮ったくなるだけだった。

 それはさけたい。少しでも、かしこい感じの会話につとめない。

 追い詰められた。

 それで「い」と、声を出したが最後「いい寿司屋だ」といってしまう。

 きっと、彼女と、おなじくらい答えに困って口走った。

 そして、間を持たせるように言ってしまう。「いい寿司屋だ」そういって、また「いい寿司屋だ」と、繰り返す。

 バグったぞ。

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