第12話 それなら、それでいいのか

 曇り気味の空だった。でも、きっと、雨は降らない。

 ほがらかに、そんな楽観視を働かせながら、下校していると、路上にとまっている小さなトラックのそばに立っている彼女をみつけた。そこは住宅地だった。

 彼女がいるなら、ちかくに猫がいるにちがいない、かくしんつつ、静かにそばによる。急な動きで近づいたり、大きな声をかけると、それで猫が逃げてしまうことがある。そのあたりのサジ加減がだいじで、ただ無言でそっと近づくのも違う。

 プロの猫近づきの歩き方が必要だった。

 いや、なんだろう、プロの猫近づき、って。

 ひとりで盛り上がって、おかしなプロの業界をつくってしまっている。これは、だれにもバレたくない盛り上がり方だった。

 なしなし、いまにはなしなし。

 よし、きえた。

 と、なぜか心のなかで必死になりながら、彼女のそばによる。彼女は軽トラックの荷台を見上げていた。

 さらに近づくと、空気の揺らぎを察知したのか、彼女は気づいて、顔を向けて来た。今日も、はんぶん閉じたような目はそのままに保たれている。

 その目をみると、なぜか安心した。

「いるの」と、問かけてみる。

「うん」と、彼女はうなずいた。それから「いる」と返してきた。

 このやりとりは、はたから見たら、幽霊の存在でも確認し合う感じになっていないか。

 せけんを気にする不要な心配をつくりだしていると、彼女が指をさした。

 指先がトラックの荷台さしている。つるり光ったとした彼女の人差し指の爪の先、トラックの布で覆われた荷台の上に、茶、黒、白と、混じった毛のかたまりがあった。よく見ると、しっぽがある。

 トラックの荷台に猫がいる。荷台の上は、そこそこ高く、しっぽを見上げていると、首が少し痛くなってきた。

 さすがだった、よくあんなところにいる猫をみつける。こっちは、地面から塀の高さくらいまでしか、まだ猫がいると思ってさがしてないのに、彼女は空まで探している。

 大きく褒めようかと思ったとたん、彼女が言う。「由々しき、これは由々しきだ」

「ゆゆしき」

 めったに使われない言葉を使われ、うまく反応もできないで、彼女は「あのこを、地上世界へかえすべし」と、言い出した。

「地上世界へかえす」そこの部分を拾い、すぐに「急激に、壮大な何かに突入したぞ」と、感想を伝えた。

「笑いごとではなく」

「笑ってないよ」

「むろん、決して笑顔をなくしてはいけない」

 つじつまが、あってるような、あってないような発言をしてくる。

「猫から、笑顔を奪わせない」

 さらに発言し、ますます、聞かされる方は会話の迷子の気分に落ちる。

 考え過ぎてもいけないんだろう、きっと。ここは、ふわ、っと行こう、ふわっと。

「あのこ」と、彼女がいまいちどそれを言って来る。「トラックが動き出せば、危険だ」

「なるほど、そこにつながるんだ」

「安全な方法で、おろしてあげたい」

 そこまで言って、彼女は荷台の猫を見上げる。隣で一緒になって見上げた。

 荷台の高さは、とても手を伸ばして届く距離じゃなかった。踏み台がひつようだった。でも、都合にいい踏み台が、こんなところにあるワケもない。

 しかも、いつトラックが出発するかもわからない、制限時間が不明だった。いまにも発車する可能性だってある。

 そこで、かんたんに「わっ、って大きな声でおどかせば、荷台から逃げるんじゃないか」と、提案し、顔を向ける。

 見ると、彼女が隣にいない。

 視界をめぐらせると、彼女が道沿いの塀に両手をつき、ジャンプして、塀の上によじ登っていた。中学生の女子生徒が塀の上へ這い上がる場面なんて、いままで見たことがなかったせいか、ただ見てしまい、こんぽん的な反応が遅れた。そして、その間に、彼女は塀の上に立っている、そして、トラックの荷台へ乗り移ろうとしている。

 事前説明もなく、想像を絶する行動を起こされ、それはダメなのでは、と、あわてて声をかけようとしたとき、仕事を終えたのか、とんとんとん、とトラックの運転手らしき男の人が駆けて戻ってきて、あ、よいしょ、っと運転席へ乗り込むと、軽快な動きでドアを閉め、シートベルトを締め、トラックを発進させた。

 すると、荷台の猫は、発車と同時に、地上へ飛び降りた。四本足での見事な着地だった。

猫は、え、なんでもありませんが、なにか問題でも、という顔をしている。

 トラックがそのまま走って行ってしまう。彼女は、塀の上に立っていた。

 そして、塀の上に立っている彼女を見上げる。

 しばらく、塀の上と地面とで見合っていた。幸い、他の通行人は来なかった。見られて、どうしてそうなってるか、聞かれても、せつめいがややっこしいので、たすかる。

 やがて、彼女が塀の上から空を見て言った。

「勝利だ」

 両手を挙げていた。

 空から注がれたその宣言を見上げながら、肯定するにしも、否定するにしても、とにかく、コメントの難易度がおそろしく高かった。

 けっきょく、そうなんだ、と表情に出すしかできなかった。

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