第11話 ほしいんだ、もの
彼女は猫が好きだ。
そんな彼女と下校する機会がたまにあり、そうしている間に気づいたことがある。
たとえばカバンだとか、ペンだとかに、猫の絵が描いてあるようなものを持っていない。ぱっと見ない。
下校途中、ひとたび猫をみつけた彼女は、その場にとどまり、熱心に猫を見つづける。
いつものように、はんぶんしか開いてない目で、熱心に。
なのに、彼女の身の回りには、猫のグッズがみられない。
思うに、この世の中には、たくさんの猫グッズがあふれている。
いたるところの、いたる品々が猫型だし、空白をゆるさないという勢いで、猫のイラストが入っていたりする。この国の猫グッズ包囲網は、かなりのものだった。
それでも、彼女が猫グッズを持っているようすがない。
あんなに猫に興味があるのに、猫グッズには興味がないのか。
そういうものか。しょうじき、じぶんでさえ、最近は、同じものだったら、無意識のうちに猫のイラストが入ったものを選んでしまう。
にもかかわず、彼女の方はどうなんだろう。そこが気になった。
それで、ある日の下校途中、彼女と一緒になったとき、カバンの目立つところに、わざとデフォルメされた猫かたちをしたのキーホルダーをぶらさげてみた。
もはや、実験である。
なるべく、彼女の視界に入るように、歩き時もおおまたで進んでたりする。それこそ、猫の目の前で、猫じゃらしを揺らすみたいに。
ところが、彼女は興味を示さない。まったくの無反応だった。
いつものように、町にいる野良猫を探し、みつけては、じっと見て、スマホで写真を撮り、画像を確認してから「いいヒゲの仕上がりぐあい」と、言いつつ、こっちのスマホへ写真を送って来る。
それから写真を猫に一礼して歩き出す。そうすべきなのかと思い、こっちも猫へ頭をさげようとたとき、猫と目が合った。
エサ、持っていないのかね、キミ。
と、猫から目で問われているような気がして、もってないです、ええ、と目で答え返す。
そうですか、と猫が目で返してくる。
そうなんです、とこっちも目で返す。
エサというか、エサのようなもんでいいだけど、猫が目でうったえる。
ええ、はい、と返す。
そんなことをやっている間に、彼女は先へ進んでいる。急いで猫へ一礼して、彼女の後を追いかける。
彼女は駅へ向かいながら、べつの猫を探していた。はんぶん開いた目を前に向けてさがす。そんなまなざしだけど、あれはあれで血眼でさがしているらしい。
横を歩きながら、いまいちど猫グッズのワナをこころみる。なにげなく、ハンカチを取り出す。それから、かいてない汗を拭く。タオル生地のハンカチは、猫の絵柄がついていた。
絵柄はぜったいに見えているはずだった。でも、彼女は反応しない。
まるでこうげきが、効いていないときている。
もしかして、猫は好きでも、猫のグッズには興味がない。チョコレートは好きでも、チョコレートグッズをあつめたりしないように。
まてよ、そうか、たしかに、そういうことはありうる。
いやいや、それとも、彼女が欲しがる猫のグッズは、こういうのじゃないだけか。マンガっぽいイラストの猫じゃなく、もっと、リアルな猫なのか。
そうなのか、趣味の問題か。
だとすると、いったい、彼女はどんな猫グッズがほしいんだろう。いや、やっぱり、猫グッズに興味もないのか。
ふたつの実験結果を受けて、ひっそりと考え込んでいるときだった。
彼女の足がとまる。
その足のとめ方は、猫を発見したのか。
けど、猫はいない。そして、彼女が目を向けたのは足元だった。
通り掛けにあったビルのコンクリートの地面を、まるで猫を見るように、いつもの目でじっと見ている。
つられて、彼女がじっと見ている地面を見る。すると、地面に、てんてんと、小さなくぼみがある。
たまに、町なかで見かけるやつだった。
彼女がみつめる地面には、たぶん、この地面をつくる工事のときに、コンクリートが固まる前に猫が歩いてしまい、そのまま固まったらしい、肉球のかたちもはっきりとした猫の足跡がついている。
彼女はそれを見ていた。
あげく、しゃがみ込んで見出す、熱心だった。
やがて彼女がいった。
「この地面がほしい」
コンクリートに残る、猫の足跡を指でなぞりながら言う。
「土地ごとほしい」
ほんきに言っているのがわかる。野望すら感じる。
まだまだ彼女ことは、はかりしれない。
でも、急いで知らなければ内容でもないし、とりあえず、今日のところは、一緒にその場にしゃがみ込んで猫の足跡を見る。
猫の一歩一歩は小さいが、彼女の想いはビルくらい大きい。
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