第06話 あゆみ、たどり

 放課後になり、下校していると、いつものように町で野良猫をじっと見ている彼女と遭遇した。

 あいかわらず、彼女とは教室ではまったく話したりはしない、なんとなく、話しかけにくかった。へいこう線をたどる毎日だった。それでも、なぜか猫を見ている彼女は妙に話かけやすかった。いや。学校ではひとの目を気にしていることは、しょうじき、ひていできない。ごかいをつくりだす可能性があって、彼女にも迷惑をかけかねない。なにより、話しかけるのがはずかしい。

 それでも、たしかなのは、あいだに猫をはさむと、急に、ばつぐんに話しかけやすくなる

 彼女は下校途中に町の野良猫を観察するのが生き方みたいになっている。そして、いつの頃からか、こっちは、野良猫を探す彼女をみつけると、やった、と思うようになっていた。下校途中に猫を観察する彼女をみつけた日は、良いことがあった日、あつかいになっていた。

 それこそ、茶柱が立った、みたいなものなのかもしれない。

 いや、ちがうかもしれない。

 自問自答しながら彼女を見る。彼女は空き地を見ていた。その空き地の真ん中に、猫がいる。灰色のふさふわした毛の猫が寝転がっていた。

その猫は最近、この場所で見かける猫だった。その土地は、近々、家が建つらしく、地面には建物の基礎的なものがあって、すぐそばには看板が立っていた。いまは作業員さんもいない。

 彼女に話しかけようと思い近づく。大事なのは、猫が逃げないように彼女に話かけることだった。一度、話しかけて、猫が逃げたとき、彼女はわかりやすく沈んだ顔をしていた。

 でも、苦情は口にしなかった。せめてこないので、彼女はショックをひとり抱え込んだまま、その日、帰っていった。その様子を目にして、なんとも心苦しい気持ちになったことをよく覚えている。

 それでべつの日、今度は猫が逃げないように、そっと近づき、声をかけた。猫はにげなかった。

すると、彼女は、じっと見返してきた。それも、長い時間、じっと見てくる。その間に、猫がごろころと地面で何回転かしていた。

やがて「きみは、そのままの人生を歩め」といってきた。

 こんどはまた、かなり大味な誉め言葉だった。すこしだけ考えてから、ほかにできることもないので、とりあえず、うなずいておく。

 数日後、ひとりで下校していると、あの空き地の前に、大きなトラックが二台とまっていた。たくさんの作業員さんが空き地へ資材を運んでいる。もう、あのふさふさの猫が寝転がれそうな状況ではなくなっていた。

 ここでは、もうあの猫は見れないのか、と思いながら、歩きはじめる。

ふと、とある家の二階の窓に気配を感じた。

見上げると、あのふさふさの猫が、その家の二階の窓の向こうからこっちを見ていた。

 ああ、そうか、この家の人が、あの猫を飼うことにしたらしい。

 そのまま見あげていると、そこへ下校途中の彼女がやってきた。

あの空き地を通り、同じようにトラックとかが停まっているのを見た後らしく、彼女も、ああ、あの猫と会えないのか、と思っているのか、表情が沈んでいる。たぶん、他のクラスメイトがみても、いまの彼女が気を落としているかの判断はつくまい。

 そこで彼女に手招きした。ささやかにエンターテインメントの精神がはたらき、招き猫みたいな手の振り方をすると、彼女は、すぐに察して、足早にやってきた。

 あいかわらず、はんぶん閉じた目をしている。少し走ってせいか、息が切れて、ほおがかすかにあかい。

 そこへつたえる。

「あの猫、この家で飼われるよ」

 二階に出窓を指さし、それを教える。彼女は髪をゆらして、見あげた。

 運よくも、まだ二階の出窓にはあの猫がいる、ふさふさがある。

 彼女はしばらくふさふわを見上げていた。

 それから、こっちを見ていった。

「そちは」

 そち。

 つまり、きみは、ってことか。

 公家的な。

 と、思っていると、彼女がいう。

「ねご探し神」

 妙なあだ名をつけて来る。

 ゆらぎない、彼女の自由な命名にたいして、けっきょくどう反応するか困っていると「ねご探し神、それはヒーローでもある」ともつけくわえてきた。

 つまり名誉なこと、なんだろう、きっと。

 うん。

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