第05話 つられて、みる

 下校途中、町の野良猫をじっと見ている彼女に遭遇する。

 そして、彼女の様子しだいでは声をかけることもある。

 猫を見ているときに話かけると、たいてい彼女は、いつも小さな猫情報をくれる。おとながポケットからアメを出して子どもにあげるみたいに話してくれた。たとえば、猫にはネギを食べさせてはいけない、とか。猫も、せきをする、とか。

 毎回、そうなだ、と思うし、そうなのか、と感心もした。

 彼女から猫のことを教えてもらってから、自然と、町で見かける猫が気になるようにもなってきた。

 そして、いつの間にか、通学路の行き帰り、ひとりで歩いているときも、猫が町のどこかにいないか探すようになっていた。

 きっと、彼女の教育のたまものだった。

 おかけで、じつは、この町にはけっこう、猫がいることを知った。いままでただ歩いていた道でも、どこかに猫がいないかと探しながら歩いていると、かなりのかくりつで見つけられるようになっていた。たぶん、猫のほうは、いつもそこにいた。でも、こっちが気づいていなかっただけらしい。

 どこかにいないかなと、思って注意深く見ながら歩けば、猫に気づけると知った。その、いっぽうで、まったく町中の猫を気にしない人たちのことにも気づいた。すぐそばに猫がいても、気づかずに行ってしまう。

 いつも見ているはずの世界なのに、よくよく見ると、猫が潜んでいる可能性がある。

 そうやって、町中の猫を気にしているうちに、だんだん習慣になってきていた。きっと、彼女の教育のたまものだった。

 でも、そうやって猫をさがして歩くようになって、あることにも気づいた。

 毎日のように、同じ場所で目撃する猫もいる。たとえば、登校するとき、いつも通りかかる道に、いつも同じ猫をみかける。

 そんな馴染み猫がいる。

 でも、ある日をさかいに、ふっ、っとそういう猫を見かけなくなることがある。

 しばらくして、また見かけることもあるし、そのまま、ずっと見なくなることもある。

 それで、ふと、あれ、そういえば最近、あの場所で、あの猫を見ないな、と思って、さびしくなることがあった。そして、大雨の日かには、その猫の心配をするようになっていた。あいつはだいじょうぶだろうか。

 もちろん、それは、いつも道端の猫を見ている彼女を知ったことで、考えるようになったのはまちがいない。

 町でふと、馴染みの猫を見かけなり、さびしくなったし、不安な気持ちになった。

 だったら、なら、あんなに猫が好きな彼女も、もし急に、なじみの猫を見なくなったら、つまり、どうやってこの気持ちを乗り越えているんだろうか。

 ほんとにどうするんだろう、知りたかった。

 それで、ヒントがほしくて、ある時、話しかけてみた。

「いつも町で見ていた猫を、いつの間にか見かけなくなって、さびしくなるんだ」

 きいて、少しして、わかった。

 じつは、はっきりとこたえがほしいというより、この話を彼女に聞いてほしいだけだったんだ、と。

 やりきれない、この気持ちを、なんとかしたかった。

 しかも、ひれきずられて想像もした。もしかすると、いま、ここにいる、彼女のこの姿も、いつかこの町で見なくなるのか。

 すると、彼女は、いつものはんぶん開いた目で、数秒じっと見つめて来た。

 それから、すっと空を見た。

 つられて、空を見る。

 すごく青かった。

「血まなこで、探す」

 青空へつぶやく。

 白い雲も流れていた。

「または、念じる」

「念じる」

「出てこい」

 そう言い、空を見上げて続けた。

 こっちはその横顔を見つめてしまう。

 やがて彼女の隣で、そっと、むむむ、っと念じるようにうなった。

 ふしぎと目でわかる、出てこいアイツ、出てこいアイツ、っと念を発している。その様子は、無害な妖怪みたいだった。

 すると、近くの自販機の影から、ぬる、っと白猫が姿を現れた。

 はじめて見る猫だった。

 なので、とりあえず「はじめまして」と、挨拶しておく。

 隣で彼女は「ひさしぶり」と言った。

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