第03話 ここに、どうき
次の日は下校途中の彼女をみつけた。猫を見ている。彼女は塀の上に座っている野良猫のそばに、じっと観察していた。
彼女は猫をみつけても、手を伸ばしてさわったり、声をかけたり、とくべつ猫に好かれようとはしない。ただ、じっいと見て、いまだ、というとき、スマホで写真を撮る。
たくさんはとらない。昨日の様子を見ているかぎり、ほとんど一枚しかとっていなかった。
いっぱい撮ったほうが、いい写真がとれる気がする。
でも、彼女はやらないそこに、なにか、彼女なりにビガクあるのかもしれない。
写真をとって、もう一度、塀の上の猫を見ると、彼女は猫へ一礼して、先に進んだ。
そして、すぐに、今度はアンションの室外機の上にいる別の猫をみつけ、たちどまって、じっと見始める。
学校では、なぜか彼女にはしゃべりかけづらい。でも、この下校途中だと、なぜかしゃべりかけやすい気がする。
そこで近寄り、今日の猫の写真のあがりはどうなの、とか、話しかけてみることにする。
そばによると、ちょうど、スマホのシャッター音が、カシャンと鳴った。
こっちが声をかけるまえに、スマホを片手にした彼女がくるりと振り返った。
そして、いつもの半目ぎみの顔で、黙ったまま、じっと見てくる。
猫を見るみたいにみてくる。
そんな印象をおぼえながら。
「いい猫の写真、とれたの」
とりあえず、そう問いかけてみた。
すると、彼女は顔を左右に振った。
「アプリだ」
「アプリ」
「夢のアプリ」と言い「人類はついに完成させた」と言い出す。
おや、なにごとかな。きかされて、いったん、考えてみた。
下校途中の道端で、急にそんなこと言われても、とっさにできる反応も限られている。
それで、しかなく、黙って彼女からの続報を待つ。おとなの対応といえる。
やがて、彼女はこっちのこころの状態を察したのか「猫の」といった。それから「年齢を暴くアプリ」と続ける。
ん。
ますます、なんだろう。
いや、つまり、そのアプリを使って、スマホのカメラで、猫を撮れば、その猫の年齢がわかるのか。
理解するの、五秒はかかった。
でも、なるほど。すごいアプリだ、と思いながら室外機の上にいる猫を見る。
白と茶色が混ざった柄をしていた。
この猫はいったい何歳だろう。
無意識のうちに、自力で年齢の推測に入る。毛質の仕上がり具合とか、態度とかからはかろうとした。
すると、こっちの好奇心をさとったように、彼女がスマホ画面を見せてきた。猫の画像の下に猫の推定年齢が表示されていた。八十八歳らしい。
けっこいってる。
「メス」と、彼女が教えてくる。さらに「おばあニャンだ」と言った。
おばあニャン。
そうなのか、このくらい年齢の猫は、そう呼ぶのか、おばあニャン
なら、オスだったら、おじいニャンか、なのか。
ひとつ学んだな、と考えていると、彼女がそのアプリで、こっちの顔を撮る。不意打ちだった。
とつぜんだったので、目を丸くしてしまう。
すると、彼女は「あ」といった。
スマホの画面を見ながら口があいている。
「え、なになに、どうした」
「あなたの、猫年齢って」
「いや、にんげんだよ」
ちゃんと教えてみる。
でも、それはそれとして、だんだん気になりだす。じぶんの猫としての年齢は、いくつ「なのか。
でも、彼女はじりじりと、発表を伸ばす。
すると、こっちもじりじりと発表内容に注目しだす。はんぶん閉じたような目を見返す。
彼女も見返してくる。
しばらくの間、近い距離で、お互い、じりじりとやりあう。
そして。
「八十八歳」
「猫だったら、このおばあニャンと同じなのか」
「同期だ」と、彼女に言われた。「おばあニャンと、いこーるだ」
さらに彼女はいった。
「予想どおり」
嬉しそう言い放つ。予想通りなのか。
どういう仕組みで予想した予想で、予想通りになったんだろう。それはそれで、気になった。
「いい結果だった」
そして、褒め出す。
どこがいいのかは、よくわからない。
そこで、ふと気になって、彼女へいった。
「じゃあ、そっちはいくつになるの、猫年齢は」
すると、彼女は、数秒ほどじっと見返してくる。
つぎに「くらえ」と言って、手早く自撮した。カシャンとシャッター音がなる。
なぜ、じぶんを撮るとき、くらえ、といったのか、そこについては、ふれないで流した。
それからスマホの画面をふたりしてのぞき込む。
画面には表示されていた。
『このアプリでは人間の年齢は推定できません』
なら、さっきのじぶんの猫年齢八十八歳の結果は、なにさ。
なんなのさ。
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