第04話 とり、とられ
それから数日後のことだった。
中学からの下校途中、道の真ん中に、焼き鳥が一本落ちているのをみつけた。鳥肉とねぎが交互にさしているタイプのクシだ。
どうして、食料が落ちている。しかも、むきだしだった。
いや、たしか、この近所のスーパーがある。そこに焼き鳥が売っていた記憶もある。学校の、ちょっとコワめ先輩が、焼き鳥を食べながらこのあたりを歩いている姿も見たことがある。
そのせいで、歩きながら焼き鳥を食べる、イコール、少しコワい人みたいなイメージがあった。
でも、それはそれとして、このやきとりは誰かが買って落としたのか。やっぱり、買い食いしようとして、歩いてて、うっかり。
想像はいくらでも広げてゆくことが出来た。
あれ、そういえば、このタイプの焼き鳥の正式名称はなんといったっけか。タレがついている。そのまま、タレと呼ぶんだっけか。
気になって、スマホで検索してみる。立ち止まり、スマホで検索をした。結果はすぐわかった、ねぎま、という種類らしい。
なるほど、と、その場に立ち止まった、そこに油断があったといえなくもない。
不意に足元を何かが駆け抜けた。瞬間、心臓を指でつつかれたように驚いて、小さな悲鳴をあげ、飛んでしまう。
正体は猫だった。まだらな柄のヤツで、口をひらき、地面に落ちたねぎまを、くわえる。
寸前、また、足元をなにが通り過ぎた。
黒いカバンだった。カバンはアスファルトを猛然としたスピードですべり、猫の牙が到達するより早く、ねぎまをはじく。
ねぎまが低空をゆく。
すると、猫は素早く体勢を立て直し、ジャンプする。
必死だ、猫。その、やくどうに生命力を感じざるをえない。
かと思うと、今度は真横を大きなものが通り過ぎた。それは、ねぎまのクシを、がしっと、手で掴む。
うちの学校の女子生徒だった。しかも、知っている。同じ一年生のクラスで、いつも目がはんぶん閉じているような顔をしている。
彼女だった。彼女がいきなり現れて、ねぎまを猫よりさきにつかみとった。
一瞬にして、激戦だった。人と猫のたたかいだった。なにかの競技のアスリートっぽい。
そして、その場面に立ち会ってしまった。ねらってないのに、観戦してしまっている。
どうしよう、見ている方は、これをどういう気持ちになっていいか、まったくわからない。
もしかして、怪奇現象を見たときも、こんな気持ちなんだろうか。
いや、それはちがいそうだった。きっと。
でも、まあ、とりあえず、まずはワケを聞こう。
猫の方はともかく、彼女の方は、人の言葉は通じるわけだし。そこは救われる部分だった。どちらも猫だったら、なかなかコンタクトの方法もみつけられない。
そう思って近づく。きんちょうはするけど、へいきな感じできこう。
やあ、そこのきみ、なぜ、猫と道端に落ちたねぎまを取り合ったんだ。と、聞いてみよう。
近づいて、いざ、声をかけようとして、いや、まてよ、と、とまってしまう。
もしかして、彼女は深刻な空腹状態だった。それで食料を猫と取り合った。
そう考えて、とたん、コメントするにがムズかいしドキュメンタリー番組を目にしたような感覚に心がつかまれる。そうだったら、どうしよう。
いや、それでも、真実からはじまる何かあるはずた。と、意を決して、声をかける。
もちろん、全方向からの問題を考えて、言葉は選んで、こう聞いた。
「どうした」
「救った」
と、彼女は答えた。
救った。シンプルなかえしだった。救った。いったい、なにかなにを。情報が少なすぎて、いろいろキビしい。
それでも、なんとか考えてみた。でも、わからず「どうした」またそう聞いた。
ここはもう、まっすぐに聞くしかない。気の利いた質問はあきらめよう、ムリはすまい。
「猫は、ネギを食べてはいかん」
すると、彼女がそう答えた。それで、ふわりと思い出す。
ああ、そういえば、どこかでそんなことを聞いたことがある。テレビでだったけ。記憶の情報源はあいまいだけど、どこかで聞いたことはある。
ネギは猫に食べさせてはいけない。ネギは猫にとって毒になってしまうらしい。見ると落ちているつくねには、同じクシにネギもさしてある。
なるほど、と、それで彼女は必死に。
乱暴にも、いきなりカバンを投げてまで。
あらあらしくも、全力で。
これはまた、見どころがある人だ。
いや、あるのか、見どころ。見どころって、こういうことを表現するための言葉なのか。
と、思いながら、彼女を見る。足元では、獲物をとられたら猫が、じっと彼女の手にあるつくねを見ている。うらめしそうだった。ムリもない、せっかくのごちそうを、ホモサピエンスに持ってゆかれた。
猫にしても、悔しいに違いない。
「助けても恨まれるんだね」
「きびしい、使命だ」
それは使命なのか。どこで、どう決めたれた使命なんだ。
できれば出てきてほしい、その使命と決めたヤツ。でも、実際に、やあ、ぼくがこの使命を決めた人だよ、はは、っと言われながら現れても嫌かもしてない。あつかいに困るし、そして、なにより恐い。
もちろん、おそらくは彼女が勝手に自分へ授けた使命に違いない。その可能性がつよい。
きっと、そうだろうけど、それはそれでまたコメントもしづらい。そこで、この場のこれからの展開について、べつの方向性をめざして「猫の動きを超えたね」と訊ねた。
とたん、彼女は、じっとこっちを見返して来る。はんぶん閉じたような目で、じっと、長く強く見てくる。
え、なんだろう、その視線は。
よ、よし、ならば、負けるものかと、こっちもこっちで対抗して見返していると、ふっと、彼女はスマホを取り出した。
「いまの、もう一度」
そう言って、スマホの録音開始ボタンへ指を添える。
いまの、もう一度。って、なんだろう。
ああ、もしかして、猫の動きを超えたね、のことかな。
「目覚ましボイスにする」
そんなことを言われた。
なぜだろう、ふしぎな依頼だけど、悪い気持ちにはならない。
にしても、猫は焼き鳥をとられ、こっちは声をとられ。
なんだろ、この下校。
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