第02話 しあいの、かん

 その掲示板での出来ことから数日後。

 ひょんな流れから、彼女と駅まで一緒に下校することになった。

 ひょんな、といっても、たまたま下校時間が重なっただけだった。それに、駅までの帰り道が同じだったことも大きい。

 下校しようとしたとき、生徒玄関でぐうぜん会ったので、なにげなく、

「あの猫って、元気」

 と、聞いた。

 すると、彼女はじっと、こっちの顔を見返してきた。

 そして、いった。

「なかま、はいるか」

 提案のような、誘いのような、でも、こっちが何か聞き間違えたんじゃないかと思えるようなことを言い放った。

 どう反応しようかまよっていると、彼女は「へい」と、いって、先に生徒玄関を出ていった。

 いや、その、へい、もまた、なんなんだろう。なぞばかりをあたえられている。

 とりあえず、彼女の後を追う。

 他の生徒がやっているように、校門を出ると、スマホの電源も入れた。校内にいる間は、スマホを使うのは禁止で、校門を出るタイミングで電源を入れる。

 すぐ近くは歩かず、少し間をあけて歩く。

 今日もはんぶん閉じたみたいな目をしていた。でも、眠いわけではないらしい。足取りもしっかりしていて、ふらふらした感じはなかった。

 もくもくと歩く。

 話はしなかった。てきとうな話題がみつからないし、無理はしない。でも、スマホをいじる気にもなれなかった。

 その気に、なれないといういか、へいきというか。

彼女も歩きながらスマホをとりだす。それから指で画面をタプタプと操作して、画面をこっちへ見せた。

 見ると、みんながやっているSNSの連絡先交換をする画面だった。

「わぁ」と、声をあげてひるんでしまった。

 連絡先交換こうげきだ。

 彼女はなにもいわない。画面を見せ続けている。

 それで慌てて、まるで制限時間があるゲームでもするみたいに、こっちスマホをかざして連絡先を交換の操作をした。終わると、彼女はだまって、スマホをしまった。

 こっちはあまりに慌てしまい過ぎて、少し息が切れている。

 そして、そのままなにを話すこともなく、歩き続ける。

 けど、ふと、彼女が町中で言った。

「くる」

 と。

急にそう言って、それで立ち止まる。

 え、なんだね、と、横顔を注視する。そこには、はんぶん閉じたみたいな目があるだけだった。

 そのまま見続けていると、そのはんぶん閉じたみたいな目の向こうに、なにか、只ならぬものを感じた。

 そして、静かな時間がながれる。

 およそ十数秒後だった、塀の向こうから、ぬるりと一匹の猫が現れる。

 猫が現れると、彼女はじっとみつめ、やがて満足げにうなずくと、スマホで写真を撮った。

それからすかさず、その写真をこっちのスマホへ送ってくる。

「ワケまえだ」といった。

 そして、下校を再開する。

 なにごともなかったように。

 ワケまえ。

 あたまのなかで、それをとなえて、スマホの画面を見た。さっきの猫の写真がある。

 ワケまえ。

 ワケまえか。

 うん。

 すると、彼女がふたたび立ち止まって「くる」っといった。

 待つこと十数秒。

 今度は、近くの家の屋根の上に、さっきとは別の猫が現れた。

 また、彼女は半目で、じっと猫をみつめ、やがて、スマホで猫の写真を撮る。

 角度にこだわっているのか、あたりをちょろちょろと動き、ここだというポジションがみつかったのか、撮影ボタンを押す。

 すぐにその写真もこっちのスマホへ送ってきた。そしてまた「ワケまえだ」といった。

 ワケまえはともかく、くる、の方は、いったいどういう仕組みだろうか。

 彼女は猫が近づくのが察知できるのか。

 それって、とくしゅな訓練で身についたりするのか。

 そこが気になってしかたない。そわそわもしてしまう。

 でも、それはそれとして、たったいまこの送られてきた猫の写真について、なにか感想をのべるべきなのか。

 今後の方向性の考えているときだった。

「くる」

 と、三度彼女が言い出す。

それから、じっと、少し先の曲がり角をみつめる。

 その十数秒後だった。曲がり角の向こうら、トイ・プードルを散歩に連れた、おじさんが姿を現す。

「ちがったね」

 と言い、彼女の方を見る。

彼女は、くらっ、ときたように、よろめいて、電柱によりかかった。

 外れたのがかなりショックだったらしい。しかし、そんなにか、そんなにダメージを受けたのか。

 どうしよう、たぶん、世界最高峰に慰め方が難しい案件だった。対処方法をスマホで二時間ぐらい検索し続けても、みつかりそうにない。

 彼女は電柱によりかかり、晴れた空を見上げながら「引退だ」と口走っていた。

 引退とかあるのか。

 なにかわからないけど。

 ただ、そのとき気づいた。トイ・プードルを散歩に連れたおじさんの顔が、やや招き猫の置物みたいな顔をしている。

 まさか、これなのか。こっちを感知したのか。

 それには彼女も気づいたらしい。そして、彼女はよろよろよしながらいった。

「試合にまけて、勝負にまけた」

 よこできいて、しばらく考えてみる。試合にまけて、勝負にまけた

 つまり総合的にも負けらしい。

 というか、試合ってなんなんだろう。

 けっきょく「そうなんだ」としか、答えられなかった。

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