ねこみるひとよ
サカモト
第01話 おされて、おちる
春なんかとっくに終わり、はやくもすこし夏みたくなってきている。
でも、まだ、上着は着ていられる。そこまで、あつくもない。
中学生になって一か月がたった。
その日の授業も終わって、放課後になって、下校する。
駅までの道を歩く。入学してからしばらくは、この通学路の風景にもなれてきた。
駅までの下校途中に、かなり大きなコンビニがあった、駐車場も広い。通りかかるたびに、すごく気になっていた。でも、登下校のときにコンビニへ行くのは、学校で禁止されている。
うちの近所にはない大きなコンビニで、一度くらい、中に入ってみたい気持ちはあった。でも、もし入るなら、学生服では入れないので、入るなら家で私服に着替えてから来るしかない。けど、そこまでもない。
興味はあるから、いつもそのコンビニを通りかかるとき、ガラスの向こうに見える店の中を眺めていたりした。
そして、さいきん、気になっていた。店のなかの雑誌の棚はうちの近所のコンビニとそんなにかわらそうにない。でも、どうも、ペット用の商品の棚が、妙に幅をとっている。
棚にならべてあるエサの種類も多そうだった。缶詰もいろいろみえる。
はて、どうしてだろう。猫のエサに、なぜに、あんなに種類がひつようなんだろう。ずっと、ふしぎに思っていた。二、三種類でいいじゃないか。
そんなことを考えていた、ある日のことだった。下校途中、町で、おなじクラスの女子が町内会の掲示板へ何かを貼っている場面に遭遇した。
よく町のお祭りとかのお知らせは張ってあったりする掲示板だった。
それに、彼女が何かを張っている。
なにをしているんだろう、妙に気になった。
彼女とは中学に入って、はじめて同じクラスになった。入学式からは一か月たって、同じ教室にいても、しゃべったことは一度もなかった。
出身の小学校もちがったのも大きい。席も遠いし、話しかける用事も、きっかけもなかった。そのうちあるかもしてないし、でも、ないかもしれない。
だから、どんなひとなのか、よくわからない。学校が始まるときのクラス内での自己紹介のとき、どんなしゃべり方をしたのかもおぼえてなかった。
しかたない、緊張しすぎて、じぶんのことしか考えていなかったともいえる。
とにかく、彼女に関しては情報がないし、おなじクラスということだけだった。
あれ、いや、でもまてよ。
まてまてまて。
あらためて思い出す。
そういえば、そもそも、彼女が教室のなかで、クラスの誰かと、仲良くしゃべっていたという印象がない。
それに、はしゃいでいる姿も見たこもない。他の女子は、よくは、まるでちいさな爆発したみたいに笑い合っている。でも、彼女が爆発している場面のきおくがなかった。
彼女のいつも半目ぎみで、眠そうな顔をしている。あたまはいいというウワサはきいている。
そんな彼女が、いま、町中の掲示板に何かを貼っていた。その一枚を貼り終わると、彼女は遠くに見える、別の掲示板へ向かってゆく。
なにを張ったんだろう。気になって掲示板に近づいてみる。
張り紙だった。ぱっと見、迷い猫の張り紙らしい。写真には茶トラの猫が映っていた。
そうか猫を飼っているのか。そして、逃亡されたか。
気の毒に。
そう思いつつ、ここははげましの言葉を送ろうと、勇気を使って、べつの掲示板に張り紙をしている彼女へ近づいた。
こちらの気配を察知したのか、彼女が振り返り、その半目を向けてくる。
じっと、その目で見てくる。
すると、こちらも、じっと見返してしまう。
そのまま、しばらく時間が流れた。
これはいったい、なんの時間なんだろう。どういう状態でいるべきだ。
考えて、目的を思い出す。彼女は飼い猫を探しているんだった、きっと。
「たいへんだね、猫が逃げたのか」
それで、そう声をかけた。
彼女は何も答えない。さらに、じっと見返してきて、やがて、眉間にシワを寄せた。
今度はなんだ、その反応は。
不機嫌にさせたのか。なぜだろう、よくわからない。
そこで、対抗すべく、こっちも眉間にシワを寄せて返してみた。対決姿勢をみせる。たぶん、みせる必要のない対決姿勢だった。でも、変な意地が生き生きとはたらしてしまう、ええい、まけてなるものか。
いや、まけていいんだけど。
そうして、眉間にシワを寄せながら、ちらりと掲示板の張り紙を見る。
さっきの張り紙の写真とは違うアングルだけど、同じ茶トラの猫の写真だった。
ああ、この猫、かわいいぞ。
と思って、そのしげきで正気に戻る。
眉間のシワをといて、彼女にいった。
「一緒にさがそうか」
そう提案してみる。
とたん、すぐそばの塀の上を、目の前の掲示板に張り付けた写真の猫が歩いていのに気づく。
「じ、じけんだ!」あわてて、わけのわからない叫びをして指をさす。「つ、つかまえなきゃあ!」
あたふたしながら、猫へ近づく。
とたん、彼女に腕をがし、っと、掴まれた。彼女の細い指が、腕に食い込む。
「なぜとめる」
きくと、彼女は張り紙を指さした。
よく見ると、迷い猫とは書いていない。
ただ、塀の上の猫の写真だけがのっている。
ふと、思い聞いた。
「もしかて、ただ、あの猫好きなだけなのか」
彼女は半目のままうなずき、それから言った。
「推し猫だ」
はじめて彼女の声を聞く。
それはそれとして。
「誰へ向けて」
訊ねると「ひひ」と、笑った。さきは答えてはくれなかった。
それで、とりあえず、猫の方へ顔を向けた。かわいい。
なんとうか、今日、推しができた。
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