俺の幼馴染は10人もの幼馴染をたぶらかす悪い幼馴染である。ある日、ヤツの日記を拾った。どうしよう。

或木あんた

第1話 騙されてはいけない

 俺、千葉ケイゴには、幼馴染がいる。

 寺崎心愛。

 背が小さいくせにオッパイが大きくて、童顔でかなり可愛い。近づき難い高嶺の花系とは違い、親しみやすいその雰囲気は、下手な美人よりかなりモテる。

 本人はといえば、愛想がいいを通り越えて、もはやあざとい。はっきり言って、八方美人極まりないぶりっ子であり、もし意図的にやっているとしたら、心愛は完全に悪女だと思う。

 しかしながら男は、ダメだとわかっていても、ぶりっ子が好きなのだ。

 無論、俺も。例に漏れず、心愛のことを……、



「けーちゃぁん、何見てるの? 心愛の顔に、何かついてるかなぁ?」


「いや、何も見てないし、たまたま視界に入ってきただけだ」


「またまたー、心愛知ってるよー? 授業中は5分に1回くらいの頻度で、けーちゃんが私のこと見てること……」


「お前、ど、どうしてそれを?」


「さぁ、……どうしてだと思う? けーちゃん?」


 コレだよ。心愛の得意技。なんとなく思わせぶりなことを言って、最終的にはぐらかす。極めつけは上目遣いのスマイル。本当なんだよコレ、よだれ出そうになるわ。


 でも、決して勘違いしてはいけない。決してだ。

 やたらと距離が近いのも、ボディタッチが多いのも、はぐらかす時の小首を傾げる仕草がメチャクチャ可愛いのも、全部、俺が幼馴染だからだ。そうに違いない。そう思わないといけない。だって。


「あー、ふみくん! 今帰り? 部活は? もうすぐ大会近いもんねー。……あのさ、もし、今度の試合、勝ったらさ、……ううん、なんでもない! ごめんねふみくん!」


 ほれ。


「タカツグ何してるの? あ、もしよかったら、クッキー食べる? ……なんというかその、一応、手作りなんだからね!」


 ほれ!


「ねぇねぇ、ジョー、心愛ねー、どうしても今週、特大パフェが食べたいのだ! ね、行こ? 一緒に行こーよー!」


 ふぉぅれッ!! 見たことか! これだよ!! これこそが心愛の本性! 隠された真実!! 八方美人なんて甘っちょろいくらいの思わせぶり! これを推定10人はいると思われる幼馴染全員にやってるんだぜ!? 信じられないくらいのクソ女だよな!! うん、いつか刺されて死ぬぞ、マジで。


 俺の見立てだと、10人の幼馴染全員が心愛のこと好きで、もう何人かはすでに告ったりしているらしい。


 でも、心愛のヤツときたら、返事は全部保留にしてるらしい。フりもしないが、付き合ってもいない状態で現状維持を決め込むんだとか。やってることが全部クソだ。可愛い女の子じゃなかったら、マジでぶん殴ってるところだ。


「はぁ、つまんね、……帰ろ」


 とにかく、もうわかってもらったと思うが、俺の幼馴染は思わせぶりの最低な女だ。

 そして俺は、数ある幼馴染の中でズバ抜けて個性がない。あるといえば、他の幼馴染のヤツらよりも、若干ストーカー気質がある点くらい。役立ったことなんて、ヤツのモンスターっぷりに気付けたことくらいだ。


「ん?」


 なんだろう。心愛の机の中に何かが入っている。ヤツは基本机は空にして帰るのがルーティンだ。珍しいな。どれどれ。


「ノート? いや、これは……」


『○月○日、今日も心愛は元気が出ません。理由はもうわかってる。あなたが振り向いてくれないから。どんなにアプローチしても、全部反応が薄いの。なんなのよもう。こんなに頑張ってるのに』



「……ヤツの、日記?」


 そんなマメなタイプには見えなかったので、少し意外だ。けど、これは間違いなく心愛の筆跡だし。いや、そんなことよりも、何、もしかしてアイツ、好きな人いんの?



『○月△日、あなたが話しかけてくれた。相変わらず視線は合わないままだけど、どうしよう、嬉しい。なんか悔しいから笑うのガマンしたけど、ちゃんと隠せてたよね?』


 オイオイ、なんだよこれ、マジなヤツじゃねえか! え! どうしよう! 普通にショックで立ち直れない!


『○月□日、今日、どさくさに紛れて、久しぶりにあなたに触れました。昔はもっとふにふにしてたのに、なんかゴツゴツしてて、固かった。男の人だった。昔もかっこよかったけど、今のあなたの方が、……もっと』


 しかもこれ、幼馴染じゃねーか!! あ、はは。涙出てきたわマジで。……ああ、いいなぁ!選ばれたヤツ! こんなに心愛に思われてて、嫉妬しすぎて死にそうだわ! 誰だか知らんがさっさと抱いてやれや!チクショー。


『△月□日、大ニュース。授業中、ふとあなたの方を見たら、目が合った。逸らされちゃったけど。でね、ドキドキしたから周辺視野でこっそり見てたら、なんと、あなたがまたこっちを見てた。しかも、結構な頻度で。どうしよう、嬉しくて、ちょっとだけ泣いちゃった。まだ心愛にも、希望はあるのかな?』



 ……え?





『△月○日、今日もあなたは心愛を見ています。けど、そんなに見つめられると、やっぱり恥ずかしい。仕返しに、どれくらいの頻度で心愛のこと見てるか、計ってみました。その結果、なんと5分に1回! 5分に1回なんて、どう考えても多いよね? ねぇ、それって、そういうことだよね?』




 は、え!? このフレーズってまさか……、


 お、俺!?


 ヤツの好きな人って、俺なの!? どっど、どどうしよう!? 次は、昨日の……、

 


『△月△日、もう我慢できない。どうしてもあなたに、心愛の気持ち、知ってほしい。でも、恥ずかしすぎて、面と向かって言える自信はない。だから、明日はこの日記を、わざと忘れて行くことにします。それで、もし、あなたがこれを見つけてくれたら……』



 見つけてくれたとしたら……どうなんの!?


 いてもたってもいられず、俺は日記を持ったまま心愛を探す。靴箱に靴はまだあるから、校内にいるはず。一刻も早くアイツの元に行って、そして……!


「心愛ッ!」

「……けー、ちゃん? どうしたの……」

「コレ、見つけたから……」

「日記……、読んで、くれたの?」

「ああ。読んだ。最後まで」

「……そう、なんだ。……」

「……おう」

「けーちゃん」

「……おう」

「わ、私ね……、けーちゃんのことが……す」


『心愛ッ!!』『ココッ!!』『心愛ちゃん!!』


 心愛の声を遮ったのは、俺以外の幼馴染達。


 ちょ、いいとこだったのに、なんて邪魔な!


『『『日記、見つけたんだけど!!』』』


 ……は?


 いや、なんでお前らも、日記持ってんの? だって明らかに俺のこと、……まさか?


「おい、これはどういうことなんだ、心愛?」

「えー、なにがー?」

「俺以外にも、日記を持ってるヤツがいるんだけど?」

「うん。そーだよ。みんなの分あるよ?」

「……ふぉ、理由をフォきかせ願おうか……?」

「だって、心愛ー、みんなのことだーい好きだからさー」

「むぅぃんなのこぉとぅおどぅぁいすきぃ……」

  

 やられた。

 膝から崩れ落ちるとは、まさにこのこと。普段から警戒していたが、まさかこんな手段で弄ばせられるとは。


「ありがとねー、みんなー。心愛、素敵な幼馴染がいて幸せ!」


 うるせぇよクズどうせこんなことだろうと思ったよ思ったけど簡単に釣られたよマジ悔しいマジ泣きたいマジ好きだわホント俺ってバカもう2度と信じない!


「ねーねー、けーちゃん、耳貸して?」


「あ?」


「ありがとね」


「んのことだよどうせみんなに言うだろなら……」


「……でもね、1番先に見つけてきてくれたのは、やっぱり、けーちゃんだったの」


「……」


「けーちゃん、1番だねー……」



 ……もう、二度と、信じな……、好き。




           完


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俺の幼馴染は10人もの幼馴染をたぶらかす悪い幼馴染である。ある日、ヤツの日記を拾った。どうしよう。 或木あんた @anntas

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